第2話 第二の人生を考える
僕はスクーターを走らせながらいい年こいて泣きべそをかいていた。
気持ちよく晴れ渡った春先の鎌倉の海はたくさんのサーファーで賑わっている。
七里ガ浜の海岸沿いに僕はスクーターを停めた。
寄せては返す波は穏やかで。
波の漣の音が耳に優しい。
午後は会社を早退した。
こんな風に会社から逃げ帰るような事初めてだった。
有給はたくさん余っていたし僕はもうあの会社には用なしなんだから構わないだろう。
さっき部長に言われたばかりの残酷な宣告を反芻する。
長机が一つ椅子が数脚しかない殺風景なミーティングルームと部長の禿げあがった頭ばかりが残像に出て来る。
『花咲君。君は今期のリストラ対象に上がっている。自主的に早期退職すれば退職金が増えるぞ』
『僕がリストラ対象だって? 冗談ですよね? だって僕は大学卒業してこの会社に入社してからずうーっと一筋に頑張って身を粉にして朝から晩まで働いてきたじゃないですか! 人生の大体半分ぐらいをここで働いているんですよ? そんな殺生な』
『まあ上の判断だから致し方あるまい。花咲君、私だってこんな事言いたかない。君は真面目で後輩の面倒見が良くて評判も性格も良いがいかんせん普通なんだよ。普通すぎて突出した能力を君からは感じられない』
『はあぁっ!?』
『ちょっとぐらい癖があっても我が社の業績をバリバリ上げている人間じゃないとこのご時世生き残れないという事だよ。ご家族とよく話し合ってくれたまえ』
『くぅっ!』
僕は悔しかった。
そう心に決めてもこんな理不尽さにガックリと折れてしまいそうだった。
浜辺に向かい階段を降りて落ちてる流木に腰掛けた。
「くっそぉ、何が普通すぎるだっ!」
リストラと宣言されて浮かんだのは家族の顔だった。
弥生さんにどう報告しよう。
✧
「へぇ、リストラ。べっつにぃ大したことないわよ。あなたさカフェやりたいって言ってたじゃない。やりなさいよ、やれば良いじゃないのカフェ。鎌倉中に噂になるぐらい素敵なカフェにして馬鹿にした会社の奴ら見返してやんなさいよ」
「えっ?」
弥生さんはあっけらかんとしていた。
僕の妻、弥生さんは強い。
逆境や困難な状況ほどメラメラと燃えるタイプだったのを改めて思い知らされる。
弥生さん、豪快に笑ってる。
「何よ悔しくないわけ〜? 私だったらやるなカフェ。良い機会じゃない。暮らしのお金や資金は心配しなさんな。私のお給料で充分暮らせます。大地の大学のお金だってこれから蒼空が大学に行く蓄えだってしっかりしてるのよ? あなたお給料全部私に預けてくれてたから。今まで家族のためにありがとう。これからは第二の人生だと思ってちょっとは好きな事やれば良いじゃない。ねっ?」
お先真っ暗だと思ってた。
弥生さんも慌てふためいて「これからどうすんのよぉーっ!」って怒るのかと思った。
でも違った。
僕の奥さんは肝が座っていたのだ。
ドッシリと。
僕は弥生さんのまさかの反応にしばらく口をぽかーんと開けていた。
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