第2話
霧の女は本当に霧のようだった。
知っていることと言えばその姿くらいのもので、名前もどこに住んでいるかも知らない。眠り際に次の日時を指定する。目覚めると僕は一人でベッドに転がっている。そして慌てて日常に戻るのだ。
そのせいか彼女に対して手加減のできない部分があった。抱きしめる腕の合間から霧散していきそうな彼女を何度か、霊体と寝るとはこんな気分なのじゃなかろうかと自嘲した。
僕はいい大人になって初めて女の体の細部を視た。陰のないところで女の体を隅々まで拡げた。男を招き入れる、秘密と呼ばれている場所から柘榴の花の匂いがした。僕が拡げると、くちゃりと音を立てて蜜が糸をひいた。
幼い頃、祖父の手入れする庭に一鉢の柘榴の木があり、開花に成功させたその花の香りを祖父が自慢げに僕に嗅がせたことがあった。
彼女の陰芯は花と実を兼ねている。男を喚び、惹き付け、嗅がせ、手折らせる。
実をもぐときに上げる微かな悲鳴は、僕を僕でないものに変身させる。彼女の枝を逃さぬよう掴む力は、女性に向けるべきではない力だろう。しかし彼女は血管を浮き立たせながら、淫らに恍惚をあらわす。その途端、握っていた肉体が粒子のように心許なくなり、更に力を込めさせる。女がそう望んでいる。僕は彼女を組み伏せながら、霧の中で一人踊っている。
彼女は鏡の前で僕に抱かれるのを好んだ。傷ついた自分を見るのが好きのようだったし、自分を容赦なく痛ぶることに興奮と罪悪感を持つ僕の顔を見るのが好きだったのだろう。
彼女が傀儡なのか僕がそうなのかわからなくなる。彼女の霧に巻き込まれ、僕らの存在自体が希薄になる。
彼女の舌が僕の肛門の皺を数えてから中に押し入ってくる。女の菊座を水牛の角の杭で塞ぎしつこく陰裂を擦る。どんな快感や苦痛にも彼女は滅多に声をあげない。僅かに眉を顰め息を詰まらせるか、吐息を漏らすのがせいぜいで、だから責めがいがあった。
命を賭けてもいいとさえ思う、快楽に身を委ねる闘いの敗者は、いつも僕のような気がする。
霧には勝てない。
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