雨音
3月、宮城県の女子大に入学が決まり、賃貸物件を探すこととなった。
父は大学生協から渡されたチラシに載っていた物件がいいのではないかと推したが、私はなんとなくしっくり来ず、大学近くにあった不動産屋で物件を探した。
不動産屋の担当は、色々物件の間取りや家賃が書かれている紙を持ってきたが、どれもピンとこない。
なかなか決まらないことに両親が苛立ちはじめたあたりで、担当者が「ちょっと待っていてください」と一度事務所に下り、一枚の間取り図を持ってきた。
「まだHPに載っていない物件です。入居者が退去予定との連絡が昨日入りまして、お嬢さんの希望にも合うかと思いますがいかがでしょうか」
築10年の1LDK、ウォークインクローゼットもついており、収納力も申し分ない。
早速、担当者の車で内覧をした。
晴れているのに外廊下全体が濡れていたのが気になったが、「ここだ」と思い、その日に契約を済ませた。
あれこれしている間に、あっという間に大学生活が始まった。
引っ越した当初はホームシックになったが、友達が出来てからは、全く寂しさは感じなくなった。
半年も経つと、飲み会で知り合った1つ上の大学生と付き合うようになった。
彼が私のアパートに来た時の出来事だ。
2人で昼食のパスタを食べてくつろいでいたら、玄関の方から何やら音が聞こえる。
「ざーっ」というたくさんの水滴が落ちる音。
しかし、玄関を出た外廊下は屋根がついており、外から雨が入ってくるとは考えにくい。
何より、今日は快晴だった。
どこかで水が漏れているのだろうか。
不審に思い、彼を先頭にして、玄関に近づく。
「ざあぁぁぁ……」
まるで雨が玄関に当たっているかのようだった。
その雨音はだんだんと遠ざかっていく。
歩くような速度で、雨が移動しているようだ。
彼がドアスコープから外を覗いても、そこには誰もいない。
私も覗いてみたが、水がどこかから噴き出ている様子もなかった。
外に出てみると、外廊下全体が濡れていた。
タイミング良く、隣の部屋の住人が出てきた。
くせ毛かパーマか分からないが、くるくるの髪が印象的だ。
アロハシャツにジーンズというラフな格好の彼は、私たちを見つけると、近づいてきた。
「お姉さんたち、あれ初めて?」
「はい、越してきたばかりなんですけど……あれってなんなんですか?」
「えっ?分かんないよ」
くるくる頭の彼は笑った。
「でも、あれが動いているうちは大丈夫だよ」
「動いているうち?」
「そう。前にさ、あれを気味悪がった住人が、閉じ込めようとしたんだよ。障害物を置いてさ、そしたらそいつ家の中で溺れたんだ。」
隣の彼が唾を飲み込む音が聞こえた。
「まあ、あれが動いているうちは水も動き続けるし、滞留することもないってことだね」
少し考えるようにして、くるくる頭の彼は話を続ける。
「そういえば、ここら辺ってあれだよね。昔、旱魃で大変だったところ。例えばだけどね、昔の人たちが雨乞いで神様を呼んだ。でも、水道の技術が発達したりして、雨乞いをする必要がなくなった。ではわざわざその神様はどこへ行ったんだろう?」
くるくる頭の彼はそう言うと、階段を降りてどこかへ出掛けて行った。
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