第4話 同一性

洸一には大きな疑問がある。


陽一と自分が何から何まで同じとは言っても、違う個体なのだ。


自分も含め、生物は日々変わる。新たな経験をし、新たな知識を得、肉体も変わる。


陽一がラボから生まれた6月10日時点では、洸一とcompletely identical(完全に同一)であったかもしれないが、あれから3か月前経過している。


そういう意味では、厳密に同一であるとは言えないのではないか。


良い方向に変わる部分もあれば、悪い方向に変わる部分もある。


このプロジェクトRHP(Regenerative Human Project)は、洸一がプロジェクトに参画するのに先立つこと5年前に開始し、医学はもとより心理学、社会学、経済学、計算機科学(というと古めかしいのでコンピューター・サイエンスと言うべきか)等関連する諸分野の頭脳を結集し、企画・開発を進めてきたものだ。


人間に使役する「お手伝いロボット」でも、ハリウッド映画でよくある人間に対峙する存在となるのか、という概念とはまったく異なるところにプロジェクトのゴールは設定されている。


そのゴールとは、如何に優秀な人間でも完全に逃れることのできないスコトーマの克服にある。


サブゴールは他にいくつかあるのだが、要するに人類の進化の障壁を克服することにある。


スコトーマは学術用語だが、早い話が心理的な盲点であって、人間の頭脳が本来特性として持っているものであって、RHPでも古くからテーマであった。


洸一は陽一という存在によって、自分をあたかも幽体離脱したかのように自分を客観的にとらえることができる。


哲学の道を陽一と走りながらしかし洸一は考えざるを得なかった。隣を一緒に走っている「もうひとりの自分」は実は「もうひとり」ではない。自分の過去のある時点での複製であって今の自分とは違う。


本当にこれで自分を客観的に見ることができるのだろうか。


洸一の行動を変化させてしまうため洸一には知らされていないが、ミッションはすでにその論点も想定し、手を打ってあったのだ。

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