5話 歯車が動き出す(2)


「あっ!」


 ホームにてさっぽろ駅に向かう地下鉄を待っている途中、久志ひさしが突如大きな声を上げた。

 三春みはるを含めて周囲の人間は急に響いた声に身体をビクつかせる。

 しかし久志は周りの事など気にせず、何やらポケットに手を突っ込んで慌ただしくしている。


「すまん!階段か何処かに財布落としたかも!ポケットに無いわ!ここで待っててくれ!」


 久志は軽く頭を下げると三春の返事を聞かずに颯爽さっそうと降りてきた階段の方に向かって行ってしまった。

 三春はそんな久志の後ろ姿を見て自分とは真逆の行動力があって元気な人だなと何処かズレた事を思いながらスマホに目を落とした。


 時刻は九時二分。

 高校の頃なら家で今頃ゲームをしている時間だった。

 まさかこんな時間に街を歩くなんて昔は想像もしていなかった。

 その想像を超える体験がまだまだ三春のテンションを上昇させたまま維持している。

 そんな三春はすぐにさっぽろ駅に向かいたいのか、心なしかそわそわしている風に見えた。


 少しすると麻生あそぶ行きという途中でさっぽろ駅を通る地下鉄がホームにまばゆい光と風を乗せて到着した。

 人が一斉に降りたと思えば、お次は待っていた人々がおしくらまんじゅうの様に地下鉄に乗り込んでいく。

 三春は久志を待つ為に地下鉄から一歩離れてその地下鉄をスルーしようとした。

 そして後ろに下がろうとした瞬間────


「痛っ!?」


「痛っ!」


 運悪く、人とぶつかってしまった。

 三春とぶつかってしまった人はかなり急いでいたのか、かなりの速度で走っていたらしく、強い衝撃がお互いを襲った。

 二人は互いに尻餅をつき、ぶつかった肩を押さえている。

 

「あの……大丈夫ですか?」


 三春は直ぐにぶつかった相手の心配をし、先に立ち上がりまだ座り込んでいる相手に手を伸ばした。

 相手は高校の制服を着た少女であり、腰まで長く棚引たなびいている長髪が印象的な人物であった。心なしか良い匂いもする気がした。

 初心うぶな三春は顔も整っており、美少女に分類されるであろう少女に少し照れながら手を伸ばし続けている。

 やがて少女は無言で伸ばしていた三春の手を取り、立ち上がると同時に────


「アンタ馬鹿なの!?」


 ドストレートな罵倒ばとうを浴びせた。


「えっ、あっ、はい!?」


 静寂せいじゃくからの轟音ごうおん。そんな言葉が似合う罵声が華麗に響き渡った事により三春は完全に硬直してしまい、少女の事を見つめる事しか出来なかった。


「何で駅のホームで後ろに下がる訳?危ないじゃない!いや、走ってた私も充分悪かったけどわざわざ後ろに下がる人はあなたが初めてよ!貴方にも責任があるわ!」


 少女は若干の申し訳なさも込めつつも罵声を浴びせ、三春は完全に焦っているのか慌ただしく手を合わせて頭を少し下げている。


「いや……ごめん!本当に!」


 謝る事以外言葉が出ない────そんな状況に置かれ三春はひたすらに頭をペコペコと下げて最早少女の目を直視することすら出来なくなっていた。

 そんな中、少女は本来の目的を思い出したのか「もういいわ」と三春に告げ、タイミングを見計らって地下鉄に乗り込もうとする。

 しかし、その足が不意に止まった。


 駅のホームの奥から「あの男は何だ!?一緒に話してるって事はさかい家の男か!?」という声が響いてきたのである。

 少女はその声を聞き、心底面倒な顔をして振り返り、尚も頭を下げている三春を見つめた。


「え……あの、まだ何かお怒りで……?」


 三春の弱々しい態度に少女は盛大なため息をついた。

 少女は多分この男は場に流されるタイプだと思い、このまま放置するのが申し訳なくなってしまったのだ。

 巻き込んだ身としてこのまま放置するのは大変忍びない。

 しかし面倒な事に変わりはない。

 これからお荷物を連れて歩く事になるのだから正直邪魔である。

 少女が思考を巡らしている中、地下鉄の扉は無慈悲にも音を立てて閉じようとする。


「あぁもう最悪!」


 少女は結局三春の腕を掴んで閉じかけの扉に強引に入り込んだ。


「ええ!?ちょっ!久志くん!!!」


 三春は待っていた友人の名前を必死に呼ぶが呼んだからといってこの状況がどうこうなる訳もなく────やはり無慈悲に扉は閉じられた。


「クソッ!地下鉄に乗りやがった」


 ギリギリで乗ったことが結果的には功を成したのか、一瞬の出来事に『リバース』に所属する大人達は地下鉄に乗る事が出来ずに悔しい表情をしながら少女の乗っている地下鉄を睨んだ。

 少女は地下鉄の窓越しに満面の笑みを浮かべて彼らにさよならと言わんばかりに腕を振っている。


「クソガキが!!!」


 『リバース』の大人達は全員顔に血管を浮き上がらせて少女にありったけの暴言を吐くが窓越しであり、さらには地下鉄の発車音と混じってその声はホームに響くだけで車内に届く事は無かった。

 そして地下鉄は人々を乗せてさっぽろ駅に向かい出す────


「ええと……これどう言う状況?」


 ただ一人、心を大通駅に置いたままの少年を乗せて────


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