第10話 日誌のようなもの(3ページ目)
2月22日
本日は定休日です。
営業時間:8:00~17:00
定休日:毎週月曜日・日曜日
(シャッターは固く閉ざされている)
「柏木さん、うまくいったらいいっスねぇ」
「おまえも風邪大丈夫かよ?」
「えぇ…まぁ。へへ……」
「なんかムカつく」
「今日は猫の日っスか」
2月23日
いつもの朝。
だけど、今日はいつもと違う。
「いらっしゃいませ…あ」
「くり、頑張ってる?」
楓がやって来て、手を振った。
「あ、うん、頑張って、る」
明らかに狼狽えるくり。
彼女の首元には、ピンクゴールドのネックレス。
「どうしたのよ…まさか」
「えへへ…柏木くん…から、ね」
もうそこまで進展したの!?
そういや日曜日の2人は妙にイチャイチャしてたわね…。
「…で、返事はできたの?」
「うん!その…お付き合い、することになって…」
顔を真っ赤にして言ったら楓の目が遠い眼差しになってた。
「……やっとあの鉄面皮とくっつくのね…」
安心してくれたらいいのに。
2月24日
倉庫から荷物を運ぶ為、代車を押して廊下を歩く。
「ねぇ、柏木くんに彼女できたんだって!」
「ほんと?どんな子なんだろ」
…何だか噂になってるようだ。確かに、彼は…柏木くんはちょっと変わっている。今まで彼女がいなかったのが不思議なくらいなのに、不器用で甘党で恋に臆病で。
なんで…好きになったんだろう。そんな独白と熱を含んだ溜息が、車輪の廻る音と一緒に消えた。
「溜息をつくなよ。幸せが逃げる」
大好きな声と一緒に、後ろから台車を押す手が増えた。
「資材倉庫行くんだろ?俺も向かってるから…ついでだ」
恥ずかしくて彼の顔が見えない。あ、とかううとかしか返せなかった。
2月25日
資材倉庫の中はもう少しで3月も近いと言うのに、少し肌寒いくらいだった。売店に陳列する雑貨や日用品も扱うので、それくらいが丁度いいのかも知れない。
「何を取ればいい?」
「あの日用品ダンボール、です」
柏木くんは自分の用事をさっさと済ませ、私の手伝いをしてくれている。
「あ、ありがとう…」
彼の顔を正面から見れない。……恥ずかしすぎて。
「ついでだよ」
ふふ、と笑う顔が眩しくて。私でいいのかな、なんて思ってしまう。
2月26日
今日は職員の人事異動が決まる日らしい。
院内の雰囲気はソワソワしている。でも、私には関係ないことだ。売店の店員だもの。
「くっ、栗原さん……!」
昼休み、血相抱えた漆山さんが売店に駆け込んでくる。
「…そこから先は俺が話す」
続いて柏木くんの声。
…かなり嫌な予感がした。深呼吸して、彼の次の言葉を待つ。
「病院を異動するかも知れん」
「え…?」
「まだ確定ではないけど、な。条件が悪い」
「医局長の昇進が決まれば、院内売店を潰してチェーン店のコンビニを入れるそうだ。そうなると、ももは…」
足元が崩れる音がした。
2月27日
もしかしたら。
この病院を、この街を離れるかも知れない。
転職先は?住む場所は?
……地元に帰って、実家を手伝う?
そうなれば…皆と離れなければならない。
大学生活から数えて7年近く、親しんだ街から。
柏木くんとはどうなるのかな。
遠距離恋愛…になるのかな…?
今夜は眠れる筈がない。
2月27日
朝6時。睡眠不足で身体が重い。仕事に行かなきゃと、働かない頭でベッドから這い出てのそのそ動く。唐突にスマホがいきなり鳴り出して、思わず肩が跳ね上がった。
「……もしもし?」
『おはよう。その声は寝れなかったみたいだな』
「柏木くん!?」
着信相手の名前に、沈んでいた気持ちと眠気が一気に吹き飛んだ。
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