第7話 2回目のデート

 待ち合わせは駅前で。

 楓からそうメールを貰ったから、出かける準備を終わらせて家を出ようとした。今日は時間もたっぷりあるから、ちゃんとシャワーも浴びている。いつもより少し、大人びた服装に身を包んだ。

 今日こそ、言いそびれていた想いを彼に伝えたい。1週間悩んで、出した答え。何度か練習しないと言えそうにない言葉。

 途中で踵を返し、洗面台の前に立つ。


「柏木くんが…す、すす、好き、です」


 鏡に写った自分の顔は見れた物じゃなかった。耳まで赤くなるの何とかして欲しい。こんなんじゃ、また笑われてしまいそう。


「言えるのかな、ほんとに…」


 少ししょんぼりしながら靴を履いて、玄関の扉を開ける。通路を通る風はあの日みたいにひんやりしていた。

 家に鍵を掛けて、通路に振り向く。

 あの日と同じ、光景だった。


「……おはよう」 

「………!」

「すまん、驚いたよな…だから止せって言ったんだが」

「お、おはよう、柏木くん」

「立花から連絡貰って、ももを迎えに行けって。もう連絡したから、と」

「え!?」

「おまえのとこには来てないのか?」


 慌ててスマホの画面を見る。柏木くんも覗き見た。


「……き、来てたけど…気づかなかった…ごめんね」


 メール到着時間は5分前。私が…鏡の前に立っていた時だ。


(柏木くんが、好きです)


 頭の中に出てくる単語。本人を目の前にしたら余計恥ずかしくなってきた。


「……」

「…どうした?」

「ナンデモアリマセン」

「ふっ、面白いやつ」


 クスクスと笑う柏木くんも、やっぱり格好よくて。今日はオフホワイトの角襟シャツに、黒のジャケット、濃紺のジーンズ。それに赤く染めた革のブーツ。高めの身長の彼に良く似合っている。


「それじゃ、行こうぜ」

「うん!あつしくんて、オシャレだよね」

「そ…そうか?適当に着てるだけだぞ」

「その組み合わせがオシャレなのー!」


 もう!!無自覚にも程がある……!

 マンションの入口玄関を降りながら、彼の広い背中を追っかけた。振り返って、私の手を握ってくる。


「それじゃ、よろしくな…桃子とうこ


 自然な笑顔にこちらもつい釣られて笑った。今日もよく晴れそうだ。


× × ×


 急に来た立花からのメール。栗原を迎えに行ってこい、方向音痴だから…と。ももには立花から連絡するから、すぐに向かってくれとのことだった。確かに方向音痴と言うか、たまに落ち着きがなく、そそっかしいところもあるし…この間酔った彼女を自宅に送ったのも、少し…大変だった…。俺が彼女に会いたいと言うのは秘密にしておこう。

 了承する返信をして、靴を履き…玄関に置いたボディバッグを引き寄せる。この間の礼をしたくて買ったプレゼント、喜んでもらえるだろうか。

 ホワイトデーまで待てん、と柳原に言ったら笑われた。そんなものか?

 季節の行事関係なく、ずっと、彼女の笑顔が見たい。好きなひとにそう思うのは、贅沢なことでは無い筈だ。


 ……初めて、下の名前で呼ばれたのは気のせいか?

 


× × ×


「おはよう、楓!」


 相変わらず楓のセンスは可愛い。薄ピンクのパフスリーブニットにネックレス、黒のペグパンツ。スタイルが良いからモデルみたいだ。


「くり、ちゃんと柏木来た?」

「……うん」


 楓のメールに気づかなかった、とは言えなくて。来てくれたよ、と言葉を返す。


「びっくりしちゃった。でも、その…」

「あんたがキラキラした顔で会話している時の話題は大抵柏木だから見慣れたわね。まったく、何で付き合ってないのかしら」

「…聞こえてる。立花」

「あんたもしっかりしなさいよ」


 楓が柏木さんの背中を叩いて、なんだよって不貞腐れてる(ちょっとかわいい)。

 敵わないなぁ、楓には。

 そうこうしてると、見覚えのあるような…でもサングラスを掛けている少し怪しげな人影が近づいてきた。


「柳原は相変わらずだな」

「えっ!?柳原さん…?」


 いかにもチャラ…じゃなくて、イケイケ?な雰囲気だった。7分袖の白ジャケットに、ピンクの丸首シャツ、くるぶし丈の綿パン。まだ2月なのに、寒くないのかなぁ。


「おはよ。大体揃ってんな?」

「柳原だけ?椿はどうした?」

「直接店の方が近いから、そっちで合流だってよ」

「……もも、どうかしたか?」


 少し固まってた私の肩を柏木さんが小突いた。我に返って、もう1回柳原さんを見る。


「白衣のイメージが強いから、つい…」

「まぁそうだよね、漆山もまぁ…強いよ?」

「アイツは実家が農家だからな」

「何よ!一次産業だって重要なのよ?」

「楓は相変わらず漆山にぞっこんだね」

「…ウルシに言ったらお尻叩くから」


 楓と柳原さんのやりとりに笑ってたら、楓のスマホに着信が入った。ウルシだわ、と少し不安そうな顔。


「もしも……は?!熱?」

「あんたはいっつも肝心な時に…分かったわ…もう」


 もしかして…


「ウルシ、風邪ひいて今日は来れないみたい…」

「えっ」

「大丈夫なのか?」

「ん~…多分…?」

「行ってやった方が良いだろ、多分辛そうだぜ」

「そうね…ごめんね、くり…ダブルデートになっちゃって」

「ううん、また、今度行こ?」

「もう、あれだけ気をつけなさいって言ったのに」


 プリプリと怒りながら歩き出す楓の後ろ姿を見て、漆山さん愛されているんだな、と思った。明日は私もおやすみだから、差し入れしてあげようかしら。


「じゃ、オレたちだけで行こうか」

「仕方ないしな…すまん、もも」

「いいんだよ、あつしくんが悪いわけじゃないし」

「…あつしくん…?」


 柳原さんが目ざとく笑う。あぁ、と誤魔化し笑った時には遅かった。


「あっ、その、えっと…」

「もうそこまで来たら言っちゃえよ…!んん!!」


 ほんの一瞬、間があった。


「よし、今日はダブルデートやめよう。柏木!」

「なんだ」

「今日1日ももこちゃんとデートしろ」

「とうこな…は?」


 いいな、と言い置いて柳原さんは駅の中に消えていった。きっとあおいを迎えに行くのだろう。


「嵐みたいな人だね…」

「………」

「………」

「「あの」」


 声が重なって、思わず顔を両手で覆った。話しを切り出そうとするとなんで、こう…!!


「……どこか、行きたいところあるか?」

「えっ?!えっと、じゃ、ごはん…」


 今行きたいところ、と言ったらそれしかなかった。お昼のために朝を軽くしたのに、それがいけなかった。食べてばっかの女の子なんて、嫌われてもおかしくない…。

 それなのに、柏木くんはにっこり笑って、私の頭を大きな手で撫でる。


「今日は俺が見つけた店で良いか?」


 うん、と頷くと、柏木さんが私の手を取り歩き出す。前に行った通りよりも、ずっと住宅地の方面だった。


× × ×


 彼女にそうは言ったが、店の選び方に自信は無い。ただ、ももなら喜んでもらえるだろうかと思った時、YESと言える店だと判断した。

 案内したのは、俺の寮からほど近い洋食屋だ。昔から地元の人間に好かれた、何の変哲もない店だった。

 入口のドアプレートには「空いてるぜ!」の一言。相変わらずだ。

 ドアを押し開くと、カラカラと骨飾りが音を鳴らす。店主曰く、魔除けの効果があるらしい。


「邪魔するぜ」

「いらっしゃ……んん??」

「あっ!この前のホネっぽいラーメン屋さん…?」

「アイツはゲンボクだ。似たようなまものだけど、オレとは違うよ。久しぶりだな、柏木」

「そうでもないぞ?」

「2週間空いてりゃ久しぶりなんだよ!……で、そちらのお嬢さんは?」

「……と、友達だ…今の、とこ」

「へぇぇ」


 ニヤニヤとこっちを見てくる店主は骸骨男の通称「船長」。さっき言われたのはスカルゾンビのゲンボクで、以前船長の船に乗ってた仲だ。 

 昔は名のある船乗りだったが、今は陸に上がりこの店のオーナーをしている。俺がこの街に越してきてから、かれこれ10年来の付き合いだ。洋食屋なのにお通しがあり、昆布のキンピラや鰹節の佃煮が並ぶ一風変わった店だった。


「あのラーメン屋に卸してる昆布も船長が取ったものなんだってよ」

「そうなんですか!?あのラーメン、美味しくて…」

「ああ、そうだろう?嬢ちゃんも食いなぁ!」


 ももに手製のおしゃぶり昆布(しかもパッケージつきだ)を渡して席を促すと、奥にある2人がけを案内された。

 窓際に面しており、片側はベンチで片側は革張りのソファだった。ソファの方をももに座らせて、メニュー表を見る。


「オムライス、カツレツ、ビーフシチュー、ハンバーグ…ほんとに洋食屋だ…」

「はは、意外だろ?ラーメンに対抗するなら洋食屋だ、って店を構えて以来、普通に美味い店って評判なんだ」


 今はまだ、ランチタイムより早い時間だからなのか少し空いている。それでも時間が経てばあっという間に満席になる、繁盛店だ。俺はハンバーグを、栗原はこの店の看板メニュー、「トリプルランチ」を頼む。オムライス、ハンバーグ、ビーフシチュー、日替わりパスタ、カルパッチョから3種類選び、それぞれがプレートに盛り合わせになったセットだ。1種類の量や大きさは少なめだが、それにサラダとスープ、バゲット、デザートがついて1800円。ももが気に入ると思い、連れてきてよかった。

 注文のベルを鳴らせば、アルバイトの狼男がやって来る。顔馴染みの店員たちは気立てが良く、皆彼女と親しくしてくれそうだった。


「ご注文ハ?」

「ハンバーグランチとトリプルランチひとつ」

「えっと、オムライスとビーフシチューと日替わりパスタで…!」

「今日は温泉タマゴのカルボナーラでス」

「やったぁ!お願いします!」


 狼男が嬉しそうにオーダーを通しに行く。店内はゆったりとした時間が流れ、カウンター側の壁には「大漁軒」と木彫りされた看板、大漁旗と何処の部族か分からないタペストリーが交差する不思議な装飾が目を引いている。夜にはあおいの母親がバーテンダーとしてバーカウンターに立ち、吸血鬼とミイラ男が客を持て成す。まものもヒトと変わらず居住権を持ち、生活しているこの街では、見慣れた光景でしかない。


「ここ、いいお店だね…?」

「気に入ってくれたか」

「うん!何だか落ち着くの!」

「そうか」


 ももと他愛のない会話をしたり、お通しで運ばれた昆布のきんぴらを食べたりしている内にオーダーしたものが運ばれてくる。俺の前には鉄板に乗せられたハンバーグ、ももの前にはトリプルランチ。


「ね、あつしくん!」

「ん?」

「これ、大人様ランチだね?」


 目がキラキラと、それは嬉しそうだ。子供みたいな反応だけど、そこがまた可愛い。


「ああ…そうだな」


 思わず笑いが零れてしまって、ハッとしたももが恥ずかしそうに俯いた。いただきます、と手を合わせ、ナイフとフォークを手にする。

 

「あつしくん」


 ももが何か待っている。2回目だから、流石に分かった。


「火傷しないようにな」


 ハンバーグを1切れ切り分け、トマトソースを付けてフォークに刺す。栗原が餌付けを待つ雛鳥のように口を開いた中へ、息を吹き掛け冷ましたハンバーグを入れた。


「~~!!」


 満面の笑み。美味いようで良かった。自分の分も切り分け、口に運ぶ。

 確かに美味い。焼き加減も丁度良いし、ソースも合っている。


 あ……今の、もしかして………間接……


「どうしたの?あつしくん。顔真っ赤だよ」

「いや…なんでも、ない…ほら、鉄板が熱いから…!」

「ふふ、そうだね。食べる?ビーフシチュー」

「ん」


 ももがビーフシチューをスプーンに掬って息を吹き掛けた。一匙貰い、咀嚼する。

  ……とても、美味かった。

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