第6話 バレンタイン反省会

2月17日 スイーツバイキング 18時予約


 

✕   ✕   ✕   ✕   ✕



「……で、初デートはどうだったんスか?」


 漆山がショートケーキを頬張りながら詰問口調で俺に問う。どう、と言われても。

 水曜日。漆山がくれた映画チケットの礼にと、仕事帰りに寄っているデザートバイキング。漆山には奢りだが、何故か柳原は実費で一緒に着いてきた。奴も随分物好きだ。


「水臭いなぁ、甘党男子会のよしみだろ」

「そんなもん作った覚えはねぇ…」


 柳原が当然と言いたげにアイスクリームを口に運び、案の定冷たそうな顔をした。何もこんな時期にと柳原の顔に苦笑いしながら、皿に載せたフルーツタルトを1口頬張る。甘すぎず、果物の酸味がちょうどいい。いちごにメロン、ぶどう、さくらんぼとフルーツがぎっしり載っている。…白桃は最後まで取っておこう。

 真っ赤に熟したいちごにフォークを刺しながら、つい思い浮かべるのは栗原の笑顔。そう言えば彼女は、どの果物が好きなのだろう。


「柏木、おまえ桃子ももこちゃんのこと考えてたな?」

「とうこだよ。………いや。別に、考えてない」

「「嘘つくな!」」


 くっ……バレた。仕方ないと思いながら、漆山のケーキをひと掬い貰った。あ、と悲鳴が聞こえたが気にしない。


「…しかしおまえ、いつの間にあの子の下の名前知ったんだ?漢字表記だと“ももこ”だろう普通に読んだら」

「おまえ全国のももこさんととうこさんに謝れ」

「まぁまぁ…で、日曜はどうだった?」


 日曜日の感想。正直沢山ありすぎて、半分くらい記憶が欠如している。確かなことが言えるのは……


「そうだな…うまかった」

「「はぁ!?」」

「おま、初デートでなんてとこまで」

「鉄面皮と言われた柏木さんにもようやく来たんスね、春が……」

「ん?いや…彼女から貰ったガトーショコラだが」

「「ガトーショコラ!?!」」


 そんなに大袈裟に言わなくても……。2人の声にウエイトレスがチラチラとこちらを見ている。やめてくれ恥ずかしい……。思わず頭を抱えてしまう。


「バレンタインだったからな、一応」

「で、本命、だったんスか?」

「手応えは!?」

「どうだろう…」


 本命チョコ。そうだったら正直かなり嬉しい。けれど実際、どうだったのだろう。

 俺の気持ちは彼女に伝えた。しかしそれから彼女の正式な返事はまだ、貰っていない。バレンタイン翌日の月曜日が研修会でなければ、月曜日に……

 …まぁ、そう焦る必要はないだろう。まだ断られた訳では無いのだから。


 日曜日はあの後、泣きじゃくって目元を腫らした栗原を自宅まで送って行った。特に…下心もなかった訳では…無いけれど、流石に1回目のデートでキスはダメだと俺の理性がフル動員する。それに彼女の意志を尊重したかった。栗原は翌日も休みだったから、ゆっくり休めと伝えたのに、彼女は何か言いたげだった。俺はすぐ彼女の部屋を後にしたが…そうするしかなかった。彼女の生活感に満ちたあの部屋には、暫く立ち入れそうにない。その勇気が出るのは栗原の返事を聞いてからだ。もし、栗原があの時言いかけた言葉が…あまり良くないものだとしたら。


「……俺、フラれたかも知れん」

「「えぇ!?」」


 クレームブリュレのカラメル板にヒビが入る。もし壊れるなら、蕩けず薄い関係のうちがいい。


× × ×


「「「かんぱ~い!!」」」


 騒がしい平日の居酒屋。今日はノー残業デーの楓、あおいと3人で仕事終わりに立ち寄っている。2人の彼氏たちはそっちで楽しんでいるらしく、今日は女子だけで楽しもうと誘われたのだ。


「話しは楓から聞いているわ。で、トーコは日曜日、どうだったのよ」


 あおいがビールジョッキ片手に私の顔を覗き込む。そうくるとは思ったけど、今はひとまず腹ぺこのお腹をどうにかしたかった。

 焼きたての焼きイカを頬張りながら、メニュー表に視線を反らせる。


「そ、それより注文しない…?」

「アンタどんだけ食べんのよ!ちゃんとバランス考えなさいよね」


 机の上には揚げたてフライドポテト、肉料理盛り合わせにカニコロッケ。  

 あとはポテトサラダに枝豆、今食べている焼きイカ…そうだ、魚の天ぷらとサイコロステーキも


「くり」

「…はい」

「まぁまぁ…にしても、トーコがあの柏木湛と、ね」

「今までそうならなかった方に驚きよ。ウルシからしょっちゅう聞いていたんだから」

「……え?楓の彼氏て柳原さんじゃ」

「何言ってんの!…あたしは…」

「あたしは?」

「……アイツがいいの。って、何言わせてんの!」


 ひゅー!!楓可愛い!たのしい!

 あれ、なんであおい笑ってるんだろう。でも目が笑ってない。どうしたのかなぁ。枝豆摘んじゃお。


「トーコ、今まで気づかなかったの?」

「柳原はアタシのカレシよ」

「えっ、そうだったんだ!?知らなかったよ、ごめんねぇ」


 純水に驚いた。あおいの圧が凄い。野菜ジュース美味しい。

 楓がハイボールで舌を潤している。


「で、話し戻るけど」

「うん」

「……なんか、渡したの?」

「え、なんかって何?」

「そりゃ、サプライズ的なピンクのプレゼントみたいな…」

「なんで院長と同じ口調になってるのよ」

「…渡しは、したけど」

「えっ」

「えっ」

「ガトーショコラ」

「「ガトーショコラ」」


 楓とあおいの声が異口同音に聞こえる。そんなに驚くことかなぁ。

 …ちょっと、いいなと思っていたのは確か。すらっとした背の高い体形に、アシンメトリーの髪型。左耳だけに空いたピアス。院内からも院外からもモテモテそうな彼に、私も類に漏れず憧れを抱いた。それが、映画に誘われたのを切っ掛けに…どんどん深みに嵌っている。視界の先ではいつも、彼を視線で探してた。

 多分この気持ちに名前をつけるなら、初恋というものなのだろう。中高一貫の女子校、卒業してからは女子大と、おおよそ恋とは無縁の生活をしてきた。大学卒業して仕事先探すまでは実家の稼業を手伝ってたから、男女の仲…それも職場恋愛なんてしたことがない。2年前、あの病院の売店で働こうと決めた日までは。


「…で、それを渡した感想は??」

「うまかった、また食べたい…って」

「「そうじゃなくて!!」」

「あああ!もう!」

「どれだけ2人は純情なの……もうアラサーよあたしたち!」

「あおいさん頭痛くなってきたわ」

「えっ、もしかして飲みすぎ…?」


 2人が頭を抱えている。そんなに変なことなのかしら。あっ、このフライドポテト美味しい…。あの時、柏木さんが受け取ってくれたガトーショコラ。頑張って焼けたと思う。確かに美味しいと、言ってくれた。メールで。それから、売店で。


「メールで……」

「は?」

「……ね、くり。相談、乗ろうか?」

「返事、メールでは駄目かな」

「なんの」

「柏木さんに告られた」

「「それを早く言いなさいよ!!」」

「で、返事はまだなの?」

「まだ」

「あ~~~っ!!」

「ちょっと!声が大きいよ!!」


 楓の口に少し冷めたカニコロッケを、あおいには牛肉の欠片を差し出す。2人とも黙って咀嚼して、飲み込むくらいには落ち着いていた。私も最後のカニコロッケを頬張る。口の中に広がるカニの風味いっぱいのクリームと、時間が経ち冷めてもサクサクな衣。カラッと色よく揚げてあるのに、全然脂っこくない。


「……あら、おいしい」

「ここのコロッケ案外やるわね」

「……で、どうするの、返事」

「うん…」


 私は柏木さんが好きだ。それは自分でも分かってる。だけど果たして私が抱いている好きと、彼の言ってくれた好きが、恋愛対象としての好きなのかどうかが未だに分からない。メルアドも交換してほぼ毎日職場で顔を合わせているけれど、それはあおいや柳原さん、楓、漆山さんとそう対して変わらないのではないのかと、自問自答してはあと1歩を踏み出せないでいる。


「シンプルに考えなさい。柏木とキスして一緒に寝てもいいかどうか。その気持ちが恋愛対象なのかぐらいは分かるでしょ?」

「キッ、あ、そんな」


 柏木さんと、き、キスなんて、そんな、あんな近くに顔があるだけで恥ずかしいのに…!?それに寝るって、その…アレなことやそれなことや……ドラマの中でしか見た事ないことを…自分が??


「あおい、そこはまだくりには早いわよ。茹でたこみたいな顔してるじゃない」

「そうね、25超えても恋愛未経験だったものね…まったく、かわいい子なんだから」


 あおいが私の頬をつつく。少しだけムッとする。

 どうせキスも手を繋いだことも…ろくに…いや、日曜日…手を繋いでくれて…。あの記憶をもう一度思い起こす。柏木さんが迎えに来てくれて、手を差し出されて、それで……。


「……ねぇ、楓、あおい」

「ん?」

「手を繋ぐのって、普通、やらない?」

「まぁ…嫌いな人とはしないわよ」

「恋人繋ぎなら尚更よ」

「恋人…っ…じゃ、繋いだ手を…彼がジャケットのポケットに入れるのは…?」

「何それかわいい…学生みたいじゃん…」

「えっ?あの柏木が!?」

「まぁ、友達とはやらないわよね…」

「柏木、あんたにゾッコンじゃない」


 そうなの?…そうなの、かな。

 空になったポテトサラダのお皿をじっと見つめる。白いお皿に彼の真剣な眼差しが映り込む。本当に…真剣に、考えて…くれているのだろうか…。


「ねぇ、だったらまたデートしたらいいんじゃないの?」

「そうよね、そしたら分かるわ。きっと」


× × ×


「2回目のデート?」


 自分にしては素っ頓狂な声が出た。2時間の間に食べ散らかしたデザートトレイが、猫足テーブルの上に散らかっているのを片付けずつ漆山を見る。

 その機会自体は、俺も探っていた。と、言うより…未だに言い出せていないだけだ。貰ったガトーショコラの感想を、メールと仕事場でしか言えない位に顔を合わせるのが恥ずかしい。普段はそうでもないのを装っていたから、漆山から映画のチケットを貰った時の勇気がまだ俺にあったならと思う。


「そうっスよ!そしたら栗原さんの気持ち、聞けるんじゃないスか」

「もし柏木ひとりで不安なら、オレたちも一緒に行くぜ。トリプルデートで」

「とっ、トリプル…?」

「そうそう、そしたら自然なももちゃんが見れるんじゃないか?」

「とうこ、な。でもあの立花楓と椿あおいがいるんだろ?」

「なんか文句あるっスか?」

「いや……」


 きっとうるさくなるだろうな、とは思う。いや、確実にうるさい。漆山と楓が付き合い始めたのにも驚いたのに、あの院内食堂の華である椿あおいと柳原が付き合ったのにはかなり驚いた。アイドルみたいにファンが多く、病院関係者だけじゃなくて患者や見舞い客からも絶大な人気を誇っていた。

 そんな椿と、まものたちが泣いて喜ぶメニューを作り出す管理栄養士の立花、院内売店で毎日かわいく元気に働く栗原。

 栗原が2人と面識があれば、仲のいい友達になっていてもおかしくは無い。


「…で、トリプルデートで何するんだ?」

「そうだな、うまいランチ食べて…」

「カラオケ、って面子でもないっスね…」

「ビリヤード?ボウリング…?」

「ランチ食べて各々デートで良いんじゃないか?」

「それ賛成っス!」

「勝手に決めるなよ…!」


 かくして、ランチを食べるだけのトリプルデート計画が練られていく。俺は止めたのだが、2人はやる気満々だ。

 でも、栗原の…もものあの笑顔が見れるのなら…なんだってやれる気がした。


× × ×


 頭の中で何度も響く単語。

 2回目のでーと。そしたら…


「こうしちゃいられないわね。ちょっとウルシに連絡してみる」

「えっ、何を…?」

「今柏木とヤナギと一緒にスイーツバイキング行ってるの。帰りに迎えに来てもらうから、あんたは柏木と帰りなさいよ」

「えっ、えぇ?!」

「確か2時間コースよね。こっちもあらかた食べ終わったし…くりが」


 テーブルに載った皿は大体空になっていた。無意識に、私だけ食べすぎてしまっていた気がする…。だってお酒飲めないんだもん。


「……あ、ウルシ?こっちは終わったところよ」

『そうなんスか?オレらは柏木さんが顔真っ赤にしてるとこ宥めてるっす』

「っ!?」


 あろうことかスピーカーモードになっていた楓のスマホ。急に耳の先まで熱くなってきた。あおいは顔を震わせて笑いを堪えている。ど、どういう状況なのだろう。


『わ、わかったわ…よく分からないけど、今から来れる?』

「ハイ!確か【くいだおれ西支店】ッスよね」

『ええ、あおいとくりもいるわよ』

「……だそうっス」

「おい、逃げるなよ柏木」


 柳原に上着の裾を掴まれた。今日はももが立花や椿と夕飯を食べに行っているらしい。あの晩にラーメンを食べた記憶が、まだそう古いものでは無いのが未だに信じられない。

 でも、今度こそ…直接、栗原に感謝を伝えたい。自分で掴んで、渡すことに意味があるのだとあのおっさんも言っていた。  

 小児病棟で悩みを抱えていた、子供のスライムにも同じことを教えてやったのに…俺自身が実現できていない。こうなれば、腹をくくるしかないか。


「……ももに」

「え?」

「栗原に、待っててくれと伝えてくれ」


『だそうっス』

「~~~!!!」

「わかったわ。栗原の顔真っ赤になりすぎて壊れそうだから、早くね」


 ぴ、と楓が着信を切る音が聞こえる。心臓が弾け飛びそうなくらい早く鳴っていた。柏木さんが、ま、待ってて、くれ、て、そんな


「ほら、上着着て!出るわよ!」

「もうむりです」

「無理じゃないでしょ!」


 私はお酒を飲んでいない筈なのに、足取りが覚束無い。こんなことって、夢みたい。夢ならいいのに。でも夢じゃやっぱりヤダ。

 あおいがお会計を済ませてる間、ぐるぐる回りそうな目と火照る身体を、冷たい夜風で冷やしていく。


「ほら、来たわよ!!」


 両側を柳原さんと漆山さんに囲まれて、柏木さんも歩いてくる。

 私の視線を感じたのか、チラッとこっちを見ると目が合った。思わず顔を伏せてしまうけど、向こうも手で顔を覆っている。3人はどんどん近づき、漆山さんは楓と、あおいは柳原さんと手を取り合いまたねと手を振った。


 恥ずかしいけど、嬉しくて、


「…桃子」

「ん、柏木…くん」

「帰り、送るから」


 やっぱり、私はあつしくんが好きなんだ。


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