第25話 桃色の誘わくわく
振り向き様、声を発したであろう小柄な男は刀を地面に突き刺し、両手をパァンッ!と鳴らすと地面に手の平を突いた。
「ストーンウォール!」
声を発すると、地響きと共に半径10メートル程の石壁が聳り立つ。そして。私達を囲むようにして頑強な防御壁が構築された。
「なっ、なんだ!コレは。オマエは誰だ?」
「僕はタイチウトの長、タグルタイ……で!ってぇ。や、や、や、ヤメテ下さいよ。僕の首を取ったら石壁は壊れますよ。それに、ぼ、僕の首を持って帰っても、だ、誰も喜びませんよ」
私はアブミの可憐な顔を思い出していた。艶やかな茶髪が素敵な笑顔を前に、私は生首を差し出す。
――うーむ。ナンセンスだ。
「確かに、此処は刀を置くとしよう。何故に族長が敵の私を助けた」
「人は主君として馬人から愛される愛があります。しかし、対等な生き物であれば愛する愛をも存在する筈です。これらはどちらも愛に違いがないですが、より純粋で穢れのないのは愛する愛だと思うのです。愛する愛は自らの如何なる犠牲をも顧みない。今の貴方達は、互いを助け合い万事に急須の事態でも心を通わせた。僕は愛を知りたい!」
愛を連呼する怪しい男だ。土塊に鼻息を荒くしていた私も十分に怪しいかもしれないが、同様に、この男も怪しかった。
「お前は愛を欲しているのか。その前に私は飯を欲している」「自由な人ですね」「で、食い物は無いのかい?」「ないですよ」「ないのかい!」
私はツッコミを入れつつ、いつぞや妖精に頂戴したアイナップを吹いた。ぷぉ〜んという気の抜けた角笛の音色が草原に響き、目の前にはふわりと浮雲羊が降り立つ。間の抜けた顔がメェーと鳴き、それは次第に断末魔に変わる。タグルタイは手際良く羊を屠ってみせた。
捌かれた羊肉を棒刺し、集めた薪木に火をつけ翳した。
「僕は世界から罵倒されようと愛を探究したいのです。
「土塊への情熱は分かった。だが二次元を具現化するとは、人としての道を踏み外すことになるぞ」
「嘗ての友も似たような助言をくれました……慎めよ、と。そして『愛は自足して、なお余りがあるのだ。愛は
こんがりと焼けた羊肉から油が滴り落ちた。
「一度は諦めました。でも一人の馬人に言われたのです。『素敵な作品ね。でもアナタの作品には愛がないわね』と。その時、僕の創作魂に火がついてしまいました。僕は土塊作りに没頭しました。彼女の言う愛を追求にて……でも、僕が追求すればする程に、親や友人、タイチウトの民達は『もう辞めて』と嘆くのです。僕は慎むべきなのでしょうか」
「諦めるなよ!世間はさぁ、冷てぇよなぁ……誰もオマエの思いを感じてくれねぇんだ。どんなに頑張ってもさぁ『何で分かってくれねぇんだよ!』って思う時あるのよな……俺だってそういう時なある。熱く気持ちを伝えようと思ったってさぁ『お前熱過ぎる』って言われるんだから。でも大丈夫。わかってくれる人はいる。いなきゃ俺に見守ってやる!」
○
タグルタイは上機嫌に「愛」「愛する」「愛してる」「大好きだ」などと溢れんばかりの愛情を込めて土塊を創造していた。それは、側からみれば変態の所業だった。いや何処から見ても変態だった。
見守ってやるとは言ったものの(こんなところをアブミしゃんには見せられないな)と内心ドギマギしていた。しかし腹が膨れると、そんな気持ちすらも薄れだした。要は、一人で黙々と己の世界に陶酔する彼を私は見飽きたのだ。
気づけば、私はウララの蹄を研いでいた。
「ほら、蹄にささくれが出来てる。研ぐから馬になりなさい。だから、無理するなって言ったのに」
茶褐色の馬蹄を研ぐ。艶やかな色の中に戦闘の跡が見える。蹄は人で言う爪のようなものだ。痛みはない。馬具を打ち込む事もある。それでもひび割れた馬蹄は痛々しく見えた。
「分かったてんの?」
「ヒヒン!」
「ひひん、じゃないよ。土とはいえ剣なんだから。あぁ、こっちもヒビ入ってる!」
「ヒヒン、ヒン、ヒン」
「大した事あるの。あまりに酷いと馬人になった時に手が変形不全を起こすぞ。全く、傷だらけで、これじゃ嫁の貰い手がなくなるぞ」
「じゃあ、ダイルが責任とってよ」
馬人になりて「どうよ」とワンピースの裾をたくし上げるウララに、私の心音は鼓膜にまで達するほどだった。再び血気高まるエクスカリバーを押さえつけ天を仰いだ。この時、私の思考回路が停止していた事は言うまでもない。
「幼女のクセに大人をからかうんじゃありません」なけなしの自尊心が煩悩に制する。
「幼女じゃないって!もぅ、見た目で判断しないでよ。それに私は馬人だから、二年もすれば人にして、ダイルと同じくらいになるのよ」
そう言って、更にワンピースをたくし上げる。柔肌の露出。ゴクリの喉を鳴った。
「やめなさい」
「やめない。ダイルなら、いいよ。馬人でも分け隔てない人間。私は二番目でも……愛してくれれば、それで……」
陽が沈む。石壁の向こうには、まだ土塊が跋扈しているやもしれないのに静かな草原だった。パチパチと燃える焚き火の音に粘土が木板を擦る音が混じる。
健気な馬人少女の眼差し、ワンピースが優雅に揺れる。互いの身体は磁石のように、ゆっくりと吸い寄せられ……やがて視界は交差する。
温かな手のぬくもりが肩に触れた。上目遣い、薄桃色の髪がしなだれる。目と鼻の先、ウララの息遣いが聞こえるようだ。そして「ダイル」と彼女の甘い囁きが私の耳を凪いだ。私の手もウララの肩に触れていた。
「タグルタイ様、こんな所で何をやっているのですか。やはり、キヤトはタイチウトの敵に御座いましたぞ。バカチンですぞ!そして、キヤトの民はコデエアラルの土を汚したのです。今こそ、今こそ反撃に出ましょう」
「へ?」「あ?」「え?」
ゴキブリのように石壁をつたい降りてくる男がいた。焚き火がテラテラと男を橙に染めて映し出す。そして、我々の全ての視線は交差したのだった。
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