第24話 土気色の誘わくわく

 可憐な土塊である。それは、現世にて橋の下に住まう橋下はしもとさんに見せてもらったフィギュアの容姿と似ていた。等身大の蠱惑の香りをぷんぷんとさせる、煩悩の塊にも見えた。


 敵対する土塊乙女は、私の剣技をひらりとかわす。土気色のスカートがひらりと舞った。土気色の太ももに土気色の下着が目に映る。弾む胸に目を奪われながらも、相手の土気色の太刀を避ける。攻撃自体は一瞥して単純明快な太刀筋なれど……一閃をひらりとかわと、土気色のスカートがひらりと舞った。土気色の太ももに土気色の下着。


――かようなものに欲情するとは、遺憾しがたい!何故にこのような事態に巻き込まれてしまったのか?


 私は遡り思慮を巡らせた。

             

          〇


 今から三日前の事になる。金國との同盟も無事に終わり、早馬に成功を記した書簡を渡した私は、珍友ボルチュと「さぁ、我々も帰ろう。アブミしゃんに会いに行こう」などと熱烈な憧憬しょうけいに身を焦がした。


 そんな時だった。最後はすんなりとはいかないものだ。王宮からの使いが現れ、夜通しの宴が催された。美味い飯とか、カワユイ乙女とかにつられた訳ではない。仕事ゆえに割り切った判断である。

 それに引き換え、呼ばれずの珍友ボルチュは楼閣で豪遊三昧……だったはずだ。私といえば期待を裏切られ、女王の訳も分からぬ会話に散々と付き合わされた。「もう帰る」と駄々をこねて外に出た。

 すると、あろう事か金國内に土塊が蔓延はびこっている始末である。遊女に飽きた珍友はというと「書簡が届いたか心配ゆえに」と真面目くさった書状を残し、帰っているではないか。全くの遺憾である。


          〇


 ハッ!と意識が戻る。孤独の私に我がエクスカリバーは声を漏らした。


「オイオイ、呆けてないで聞いてくれよう。栗毛乙女には会えず。楼閣には入れない。花魁にはフラレ、桃色書物はオアズケ。ならば、オイラにも考えがある。このまま土塊乙女と……」

「待て、まて、待てぇーーい!」


 華がない、私の人生には華がないと言って三十年。その末路が土塊人形であって良いものか。悪魔のささやきに耳を貸してはいけない。私のクールビューティーな心の片隅にいるだけの煩悩の戯言だ。


「考え直せ。まだ私の人生、終わりではない」

「オイラよう、無理だと思うな。これじゃ、未使用シオシオになっちゃうヨ」

「無理ではない。こうしてタイチウトの領土に入り、最短距離でアブミのもとに向かっているところではないか。もう少しの辛抱だ」


 私は土塊の剣技をひらりとかわす。はためくスカートにも目をくれず、土気色の太ももに目もくれず、「なぜゆえ土塊に、たわわな万有引力が?」と弾む胸にも心を奪われることもなく。一太刀、二太刀を浴びせ土塊を瓦解させ前へ進んでいた。


「ほれ、見るがいい。これが紳士たる振る舞い」

「い、いや、煩悩丸出しじゃないか。それに何故に可憐なアブミしゃんが、能無しのオマエとクンズホグレツの関係になれると自負してる?それこそ皮算用だよ。な、悪い事は言わないさ、オイラとオマエの仲じゃん。土塊なら文句も言わない。さぁ、さぁ、さぁ!」


 私の意志とは関係なく(たぶん関係なく、脳内麻薬とか、そんな、もう自分では、もう、どうにもできない。そんな感じの分泌物の所為というか……)手が土塊乙女に触れた。胸を揉みしだくように触れた。途端にどしゃりの土塊は瓦解を始め地に帰った。そして、私は大きな溜息を漏らした。

 

 跋扈邁進する土塊乙女の剣技を一太刀で受け止める。いつまでも自粛しない我がエクスカリバーの戯言に耳は奪われ、手は無意識に(たぶん無意識に)乳を揉む。その都度、土塊はどしゃりと瓦解を繰り返し地に帰る。触れないフラストレーション。責め立てるエクスカリバー。

 情けなさに苛まれ、揺れる乳に目を奪われ、ゆらり舞うスカートに目を奪われ「あぁ、情けない」と声が出る。情けない情けない情けない情けない情けない触れたい情けない情けない触りたい情けない……。


「危ない!」


 寸前の所であった。ウララが馬人と成りて、馬蹄で鋭い剣先を弾く。握る茶褐色の硬い拳が土塊へとジャブ、更にストレートのワンツー。後方から飛び掛かる土塊の剣技を、タンッ、タ、タンと身軽に避けると、華麗な回し蹴りで木っ端微塵に粉砕させた。


「へっへーん、どうよ。チャラカ直伝……」

「どうよ、じゃない!チャラカが教えてたのは、ただのフィットボクシングです。危ないから馬に戻りなさい」

「嫌よ、ワタシも戦う!」


 土煙を切り裂く。矢は、ほとほとに打ち果たした。切っては生まれくる土塊に、我がエクスカリバーも意気消沈つかまつる。コイツはいつもそうだ。此処ぞという時には、シオシオ萎び茸に成り下がる。なんとも情けない。


――せめて、ウララだけでも逃さないければ……。


私は好感度が下がる事を恐れた。


「動かないで下さい!」

(しまった!不覚。誰だ?いつの間に背後を……)


 






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