第23話 エクスカリバーは突然に
私は悶々とした日を過ごしました。ある日、そんな私を案じてか、ボルテが夕食を用意してくれました。大きな湖畔の様な緩やか河川に焚き火を囲んで乙女が三人。私とボルテとテムルンは、火にかけた鉄鍋に
「最後には米を入れましょう。昨日、行商人が来てね。買っておいたの」
「いいですわね、お姐様。アチにとっては故郷の味ですわね」
二人の痛いほど優しい眼差し。そこまで私は大人になれません。なぜ彼女たちは、このような現状を明るく呑み込むことが出来るのでしょう。私は疑問でなりません。
「あれから私はオンゴツさんに教えていただきました。コデエアラルに手紙を送ろうと考えたのはテムルンなんですよね。落ち込むエアルの為に出来ることはないか。そう考えたからじゃないのですか?」
決して怒りを向ける相手ではない事は理解していました。それでも、矛先を向けてしまった。
「そうですわ。私だって……今でこそエアルの方が背が高いですけど、小さいときから一緒に育ってきたのですのよ。まわりには兄しかいなかった私の後ろを、妹のようについてまわるエアル。共に絵を書き、花を摘み。私の真似ばかりするエアル……彼女が馬子から馬人に成った時は本当に嬉しかったわ。初めて人の形を成し、私にしゃべりかけてくれたのですもの」
「じゃあ、なんでそんなに、彼女の気持ちに消極的なんですか?エアルが毎晩、毎晩、手紙を送っているのに……テムルンは平気な顔で眠れるのですか?」
「私だって……」
陽の傾きを肌で感じます。
「はいはい。ごはん出来たわよ。とりあえず、食べるの先でいいかな。それに、お腹がすいてちゃ、イライラして纏まる話も纏まらないわよ」
ボルテが料理を取り分けていました。夕暮れ時の草原を優しい匂いが包みます。無言で食す。羊の濃厚な肉の味わいと、野菜のあっさりとしながらも甘みのあるスープ。草原の礎が空腹を満たしていきます。
「美味しいでしょ。オンゴツに頼んでね。特級魔鉄で鉄鍋を作ってもらったのよ。全部たべないとシメの雑炊が出来ないからね。ジャンジャン食べてよね」
どうした事でしょう。私の頬を涙が伝っておりました。あれほど罵声をあげたというのに、テムルンは私を優しく抱いてくれました。
「アチ……ありがとう。でも残念ですが、この草原で馬人を助けることは出来ない……」
「でも、でも私は助けてもらいました」
「貴女は人間ですもの」
「私とエアルは何が違うと……」(いうの?)
手際よくパラパラと米を鉄鍋に入れていくボルテ。私はクツクツと汁を吸い膨れ上がる雑炊を眺めていました。
「ふふっ、あなた達は何だか似ているわね」
唐突にカラカラと笑うボルテに、テムルンの顔は穏やかに解けているように見えます。
「そうですわね。私もそう言って姐様を困らせた事がありましたわね。馬人と人間の何が違うのです……と」
○
憂いを帯びた表情のテムルン。彼女は緩やかな河川に羊骨をポトリと投げ入れます。それは波紋を作り、生み出された小さな波は広い河川の奥まで波及していきました。
「私は呪術師。こうして水面に
移ろいゆくように湖畔に映る私の懐かしき記録。水面に投影される、チャラカ爺に抱きかかえられた幼い私。その隣には優し気な顔をした艶やかな髪を垂らした男性が映っていました。
髪を纏め馬耳を隠す私。背伸びしてランドセルを背負う私。親友のレモンと一緒に校門でポーズを決める私。わたし、ワタシ。いろいろな私が水辺に映し出されては消えてゆきます。
「私の父イェスゲイがタタルへ遠征に行った帰りの事。傷だらけの父が抱きかかえていた少女、それがアチだと聞いてますの。その後は母ホエルンの考えで、貴女は
穏やかな河川の水面には、屈強な男性が浮かび上がり、小さな馬人を抱きかかえていました。隣には支えるようにして傷ついた男性を介抱する大柄な女性。
「本当は父が中心になり匈奴の時のように一つに纏まるハズだったモンゴル高原は、父が亡くなり、とうとう纏まる好機を失ってしまったのですわ」
「ここからは私でも知ってる話ね。匈奴を分断させたのが馬人の仕業だと噂が広がり、本当か嘘かも分からぬまま人々の憤りは膨れ上がった。イェスゲイさんの死は馬人を助けた事による災いだと決めつけられ、馬人を助けるのは御法度となった」
「そんな私の所為……」
「貴女の所為では、ありませんわ」
テムルンは肩で息をしながら、コクリと喉を鳴らし水を飲んでいました。いつしか湖畔の投影は薄れて消えて、羊骨がゆっくりと流されて行きます。
「貴女がいたからこそ、テムジンは……いいえ、私も含めたキヤトの民は、馬人と共に歩む道を模索したのです」
「ダイルが貴女を助け、アチが人と認めて貰えた時、私は変われるのだと確信しましたのよ。だから、私はエアルと誓いましたの。隔たりがなくなる、その日まで……今は人と馬人の関係でいましょうと。分け隔てなく話せる平和な世が訪れるまで、もう少し辛抱ですわ」
○
「本日もお日柄が宜しゅう。そろそろ飼い主に文句を言わねばなるまい。テムルン、いるんだろう。今日こそ返事を、手紙を寄こせ!四の五の言わず仲間になれ。そしたらエアルは、たった一人の、タイチウトにいる兄の顔が見れるのですよ」
またしても、脳を蝕む声で御座いました。
「クソッたれ!テムルン様、退いて下さい。私は勝手にやりますからね。ボルテ様と一緒に席を外して、お邪魔で御座います」
「エアル……来るのが早いですわね。でも、もう我慢ならないですわ。それに、アチには全てを話してしまいましたの」
エアルは険しい顔を崩さず「それとこれとは別だ」と叫びました。
「私はあの日も貴女を木の陰から見ていましたのよ。そして、アチ。貴女の事も……お願い、アチ。アイツに矢を放って!」
「テムルン、ふざけないでよ!アタシは馬人なのよ。助けちゃいけないの」
一矢、迷い無し。私はキリキリと弓を引きます。右手から滴り落ちる黄金水が鋭利に収束を始め、矢を形成するのを感じました。そして、私の中の小さな私が鼓舞します。
——出来る、出来る。テムルンの為、エアルの為、私に出来ない訳がないのです。
「ダメよ。何のためにアタシ達が我慢してきたと思っているの。全ては平和の為でしょ」
「私は認めません。テムルンとエアルが悲しむ世界が平和だとは……私は絶対に認めません!」
金色の矢が煌びやかに尾を引いて河川を駆けます。夕凪に一陣の風を吹かせながら向こう岸へと思いを乗せて。それはまるで乙女の手紙のように、一途に閃光を放ち膨れ上がる。それはもう矢ではなく光線という言葉が相応しいまでに膨張し、爆裂音とともに石壁を一撃にて砕きました。
○
「やって……しまいました」
「いいのよ。アチ。ありがとう。後は全て私の責任……」
気落ちするテムルンの肩に屈強な男性の手が乗ります。
「エクスカリバー!」
「お、お兄様!」
「アブミ殿、見事な一閃だった。うむ、今度はエクスカリバーと言いながら放つと良いぞ」
「アチに馬鹿な事を教えないでくださいまし」
「ほう、アチと名を変えたか!それより、エクスカリバーだ。カッコ良いではないか、なぁボルテ」
やれやれといった風にボルテは溜息を一つ。
「良いのですか。争いになりますよ」
「構わん。ボルチュの先行隊から連絡が入った。ダイルが本当にやりおった!金國と同盟を結びおったのだ!!」
「……と、いう事は」
「少なくとも、我々は草原の掟に従う義理はなくなる」
私には良く分からない事態ですが、そこら中で歓喜が聴こえていました。
○
「報告します!東にてタイチウト軍の土塊が跋扈前進との連絡」
「お兄様……」
「案ずるな、妹よ。これより反撃に転じる。ジェルメ隊とノヤン隊はコデエアラルの奪取に勤めよ。場所だけだ!無用な殺生は不要。馬人も含め自由を与えよ」
そう言うと、テムルンの兄は颯爽と馬にまたがりました。
「後の者は俺に続けぇ!タイチウトに進軍する。自らが先陣を務めてやる。誰一人として遅れる事は許さんぞ。アチの勇姿に報いるのだ」
歓喜が歓声へと変わります。
「どうだ、ボルテよ。俺もまだカッコが良いだろ」
「えぇ、惚れ直しました。ご武運を」
屈強な男達は雄叫びを上げ駆けてゆきます。手を降り武運を祈るボルテ。私は戦乱の世に、愛の暖かさを感じました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます