第29話 これぞ大工(でぇく)の拘り

 最近では見なくなった夢。着飾った木船に扇が一つ……と、縄に縛られてた私。奴隷として行き着いた末路。寒風に身を震わせ、荒波に揺られ「散々な人生だった」と独りごちる。


 全ての元凶である私の馬耳も、この時ばかりはさすがに垂れ下がっておりました。ヒョウと何処からか放たれた矢が扇を射抜き、ゆっくりと目を開ける頃には扇が鈍色の空を舞う。


 男達の怒声のような大声だけが耳の奥底まで響いていたのを覚えています。射抜かれた扇は舞ったのちに海へと落ち、波に一揉み二揉みされたのち沈みます。私も扇に遅れまいと船から身を投じました。そんなアンニュイな私も、今は昔の話にございます。


          ○


 清らかな朝日。先程までのどんよりとした夢が晴れるほどの、テムルンの可愛らしい声が私を起こしてくれました。寝泊まりするアウラガ府の工房宿舎で目覚め、今日からはキヤトの中心地へと移動します。


 のったりと進む牛車に乗り、テムルンと二人。陽気に笑う彼女を、草花の香りを乗せた風が凪いでいました。歩を進めるにつれて、あたりには少しずつ、テントのような家帳が増えてきます。


「オンゴツにアチの家を頼んでありますの」

「家って……あの、おおきな?」

「いえ、いえ。草原といえば。家帳ですわ」


 そう言って、ついた場所には焚き火があり。ボルテが美味しい料理を作って待っていていました。シチューの優しい香りが、草原の爽やかな風と混じり合います。

 

 私はハフハフとシチューを口へ運びます。少し離れた場所には木材が積まれ、アウラガ府から馬で駆けてきたオンゴツさんが熱心に陣頭指揮をとり、家を組み立ててくれていました。


 中央のトーノという天窓を支える二本の「バガン」を立てるところだそうです。オンゴツさんは逐一、報告し教えてくれます。


 建て終わると、ドアを南に定め格子状の組木「ハン」を円形に繋げ、壁を作っていきます。その際に「ベット等の家具は先に中に入れておく必要がある」と言うので、位置をアレやコレやと聞かれ、私は食べては向かい、戻っては食べを繰り返しました。


「留め具には牛やラクダの皮を使うんだ」


とオンゴツさんは自慢気に語っていましたが、私の頭はシチューでいっぱいです。山羊の乳で作られたシチューは独特なコクと野菜の甘みが染みていて、おいしいのです。


 トーノの枠にあけられた穴に屋根を支える棒「オニ」を差し込み、片方はハンに繋ぎます。


「オニの本数は88本!」


 オンゴツさんは器用に説明しながら、何人かの弟子達の指揮をとり、少しずつテントの形がみえてきました。私は鍋の端に残っているシチューをパンでこそげ取り、頬張ります。美味です。


「凄い!ぜんぶ食べてしまいましたわ」


 私の頬についたパンくずをテムルンは指で拭き取り、ニコッと笑います。さすがに私は照れてしまいました。


          ○


 太陽が傾きだす頃には外壁ができ、床に板を置き絨毯が敷かれました。テムルン、ボルテと共にテントの中に入ります。


 トーノと呼ばれる天窓に紐が垂れてました。


「それは、ゴルチャタクって言うの。幸運を呼ぶ紐と言われてるわ。狂風の時は石を垂らすのよ」


 ボルテの説明に、私は「へぇ〜」と一言。自分の部屋ができた子どものように、気持ちは浮かれに浮かれておりました。


 寝心地の良さそうなベッド。温かみのある木の箪笥には可愛らしい絹の織物が運び込まれ、食器や家財道具も用意して頂きました。


 オンゴツさんが屋根に乗り、天窓からは白い布を被せ、更に壁には綺麗な布を巻いていきます。


「寒さが強いときはフェルトを3枚重ねる。風が吹きあたる方角には厚い布を被せる雨が降った日は解体して乾かす……」


「説明はいいから、早く煙突をつけて」


 ボルテの言われるがままに、煙突を天窓トーノから出し、ストーブに取り付けました。


「これで、完成よ」

「ありがとうございます」


私は深々とオンゴツさんに頭を下げました。「良いって、良いって」と言いながら汗を拭います。


「にしても、さすがに最後の方は気合い入れたからな。ふぃ〜、熱いな」


そう言って、オンゴツさんが浴衣の帯に手を掛けた、その時でした。


「脱がしてなるものか!」


 素早い足取りで走る男が、オンゴツさんを弾き飛ばすのでした。






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