第18話 真・魔鉄王伝説

「此処は何を作る処でしょうか?」

「聖剣エクスカリバーだ!」


 熱気のこもる部屋にキヤトを納めるテムジンが汗をポタポタと佇みます。中心の黒い大窯にはドロドロと真っ赤になった液体がポコポコと泡を吐いていました。鍋を囲むように三頭の牛がモウモウとせわしなく鳴くもゆったりと歩き、(何の儀式ぞ?)と思いつつも地を見つめれば如何やら牛さん達は床に備え付けられたふいごを踏んでいる様子。窯の下にはゴウゴウンと燃える骸炭コークスが鞴の風に吹かれては更に勢いをつけて熱を帯びていました。


「ようこそ、我がアウラガ新都心、鉄音ズルフ内セントラルドグマへ」

「お兄様、何をやっておられるのですか?」

「後衛で働く者たちを労うのも主君の務め」

「そんなことを言って。お姉さまが探しておりましたわよ」


 私は点在するゲルの先。アウラガ府と呼ばれる場所の一画、存在感のある建物(鉄音と書いてズルフと呼ぶ)を見学しておりました。途中でボルテとは別れ、テムルンの案内で明日から働く製糸工場を見て回り、社員食堂でおやつを頂き鉄音に至ります。


「ここ鉄音ズルフは我が思想、聖剣エクスカリバーを鍛えるために存在する」と血気多汗に説明するテムジン。

「聖剣とは……アーサー王のでしょうか」と私も興奮ぎみに尋ねました。


 なんせアーサー王伝説ほど人に愛された書物は無いのです。様々なオマージュの元ネタとなる彼の物語は夏目漱石すらも認めるファンタジーの原点。今でも若人に好かれる騎士道と愛の狭間の継ぎ接ぎ物語なのです。


「よく知っているな。私が伝え聞くに……それは選ばれし男児にしか手にする事の出来ない。その刀身は太くて硬くて大きくて、魔力を溜め込み一振りすれば松明30本分の眩い輝きを解き放ち、瞬時に拡散させる。光を浴びし者は屈強な力を保持する者でさえ、はたまた見ていた乙女達すらも昇天させるという、まさに名器」


 なんとも豪奢な説明でしょう。私も張り合うかの如く知的財産をばら撒く事とします。


「それは魔力を光に変え圧縮、加速させることで巨大な光の断層を放つ斬撃。その威力は陽電子ポジトロン砲も凌駕すると言われ、聖剣の中でもトップクラスの武器に位置付けられます。対抗できるのはギルガメッシュ叙事詩の世界を斬り裂いた刃ぐらいで御座います」


 私の鼓動が早鐘を鳴らすように、キヤトの長もまた鼻穴を大きく膨らまし、二人して息を荒げたのは恥ずかしき所業で御座いましたが、更に早口になる答弁は暫し続きました。


「そう!そして、これがエクスカリバーの試作品。アーサー・ペンドラゴンが手にしたとされる約束された勝利の剣……を元に魔鉄で作ったレプリカだ」


 無骨な黒石に突き刺さる様にして自立するはバスターソードとお見受け致します。刃渡り九十センチ、幅は十二センチ程度の両刃の剣を私はマジマジと見つめました。調べ尽くされた細部……しかし、少し残念でなりません。


「これは、カリバーンですね。エクスカリバーにしては過度な装飾。目的の物とは少々意味が異なるかと思います。因みにペンドラゴンはパパ様ウーサーの称号に御座いますよ」


 カリバーンとは引き抜けた者を王と認める役割を持つ剣、いわば権力の象徴に御座います。贅を凝らした剣は本当の力を発揮する事なく装飾品に成り下がるのが常であると私は考えるのです。


「エクスカリバーは二本ある。そう考えると致し方なしとも考えますが、カリバーンは王権の象徴。名剣ではありますが、装飾過多のその剣に勝利を約束するような宿命を背負わせるのは、荷の重すぎる事実で御座います。そして、やはりエクスカリバーには傷を癒す鞘が重要なのです」


 湖畔の妖精。泉の貴婦人の愛こそがその力の源。彼女は折れたカリバーンを更に鍛えあげ、妖精の力も相まってエクスカリバーを作り上げた。まさに愛の結晶。その剣の鞘は、握るものを瞬時に癒すということができたと言われています。


「確かにダイルも似たような事を言っていた。アイツは確か……私が持つエクスカリバーが伝説級ならば鞘もまた有能でなければならない。溢れる魔力を全て包み込み、心の奥底から癒してくれる鞘。あぁ鞘が欲しい。俺の人生において鞘があれば完璧なのに……と」


「なんと鞘の素晴らしさに目をつける殿方がいるとは!」


——感激です。抜くことだけを考える男児とはひと味違う、なにか秀でたものを感じます!


「ダイル……何処かで聞いた事がある様な」


 私が大きく首を傾げた、その時でした。


「現世で貴女が虐められているところを助けた男だよ。ほらね。私の言った通りでしょ。ダイルが正しいって」

「エアル、控えなさい。殿の御前ですよ」とテムルンの吐いた苛立たしげな暴言が、私をファンタジーの世界から現実へと引き戻します。


 建物の影から凛とした顔を覗かせる女性。すまし顔にキリッとしたシャープな眉が映え、馬耳が天に伸びるようにピョコりんと、スラリとした体躯を流麗に捻り、物怖じする事なく馬人の女性はゆっくりと向かって来ます。


「テムルン様は……ホント、馬人が大のお嫌いなのですね。それとも彼女だけは特別なのかしら?あんなに助ける事を拒んだのに……随分と今は仲がよろしいことですね」


 テムルンは私の視線を振り払うようにして首を水浴び後の大型犬の如くフリフリすると、目の前の馬人を睨め付けます。それはもう、あの優しげに花を愛ていた少女とは別格で御座いました。


          ○


「やめなさい、ダイル!あの子は馬人ですよ。彼女を助ければ草原が闇に包まれると占いに……」

「さすがは呪術師として名高いテムルン様ですね。しかし、私はどうにも阿保ですので念仏も小判も……無論、占いなんて乙女の矜持なんてものに価値を見出せない」


 バヤンオラーン山から流れる数ある小さな河川は西に迂回しながらコデエアラルを囲むように流れ、アウラガ府の東の湖畔に溜まる。そうして作られた草原の泉には、テムルンが呪術によって投影した現世の映像が流れていた。

 馬人の乙女は耳を鷲掴みにされて今にも泣き出しそうな顔をしている。私の握る拳は更に固くなるばかりで、心の臓は早鐘を打った。柄にもなくボイラーメーカーと呼ばれる名酒をショットで飲み干したくらいに熱くなっていた。そんな私の頬をパシッという甲高い音と共に痛みが走る。


「ふざけないで!ダイルは他所者だから好き勝手な事が言えるのです。私達がどんな思いで馬人と付き合って来たことか」

「テムルンだって、ずっと言ってたじゃないか。あの子は助けたいって」


 本当は誰しもが彼女を助けたい。そんな事は承知の上だ。各地に点在する語り部と部族のおさ達の匙加減、大国との距離感……それを拮抗させるための草原の掟。


「モンリク、何してるのです。ダイルを捕まえなさい。今は貴女の子供でしょ。子が法を犯そうとしているのを黙って見ている親がありますか!?」

「しっ、しかし……テムルン様」


 草原の民達が纏まる事を恐れる金國の陰謀と、それに従わざるをえない馬人と部族の立ち位置。


——もう、こんなのはウンザリだ!


ウララに跨り腹脇を蹴った。

そして、私は異次元を駆けた。


         ○


「また考え事?ちゃんと部屋で寝た方が良いよ。ここ馬小屋だよ」


 薄ら明かりが入る。馬草の敷かれた掘立て小屋は春風すらも冷たく夜風が身を凍らせる。馬人ゴルシは眠っているのか?とても静かだった。私は大胆に干草の敷かれた地べたに寝そべった。


「女はいなくなるし、ボルチュとおっちゃんは難しい話ばっかりしてるし、寝れないからウララと添い寝で悪戯してやろうと、ウシシシシ」

「また、そうやって誤魔化す」


 風でガタガタと見るからに建て付けの悪そうな窓ガラスが鳴き、月明かりがそっとウララの顔を通り過ぎた。


「ウララ、ゴメンな」

「うげ、ダイルが誤った」

「ウゲはないだろ。勝手に現世に連れてっちまった」


 二度の他部族襲撃により公にはならなかったが、下らない私情に付き合わせた事には変わりない。ウララにもお咎めがある可能性だってあった。


「良いよ。でも、ママンに今後はダイルを呼び捨てするなって言われたのは、ちょっぴり悲しかったかな……」

「んなもん気にすんな。金國と同盟を結べば阿保みたいな掟は無くなるんだ。そしたら、また好きに呼べば良いさ」


 干草の上に寝そべる二人。触れた手の温もりを感じ、すぐさま条件反射のように手を引っ込めた。


「悪戯するんじゃなかったの?」

「うっ、五月蝿いな」

「ヘタレ」「オマエまでヘタレ言うな」


 振り向くウララの顔はすぐ近くにあった。幼げな顔ながらも淡い桃色の髪を垂らし、時たま月明かりに映える儚げな顔はドキリとさえさせられた。


「そ、それより、ウララはモンリクの事、マジでママンって呼んでるのかよ」

「都合が悪くなったら、すぐ話題を変えようとする」


 そう言って桃色ワンピースの少女は溜息を吐き、暫しの沈黙の末、スースーと可愛らしい寝息が聞かせてくれた。そして、私が煎餅のような薄っぺらな布団をかけると健気に笑顔を溢した。

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