第19話 ヤリツケイカと千年龍

「ショゲンキ殿、今から訪ねるヤリツケイカとは、どのようなお人なのですか?」


 今は早朝。昨夜の眩い桃源郷は狸に化かされたの如く、遊郭は静かに眠りに着いていた。


「良くぞ、聞いてくれました」


 乾いた朝の空気にショゲンキの明るい声が響き、ぺぺんと何処からか馬頭琴を弾く音がしたかと思うと、トコトンと太鼓の音も合いの手を打った。そして、恰幅の良いショゲンキはふところから扇子を持ち出し饒舌に話し出した。


          ○


「当時まだ若かりし私が、先代の父の仕事を後ろで見て、遊郭の内示を細かに教わっていた頃の話だ。今の女真と違って漢族が治めてた時代、此処の夜は何処よりも明るかった。その中でも父の有する高級遊郭は一際に眩かった」


「高級遊郭となれば真人まびとに馬人は当たり前、狼女に羊娘なんてのも、まぁ、なんでもかんでも、よりどりみどりってわけだ。そこにという龍人の女も勤めていた。様々な族種あれど、ドラゴンは希少種。更に人の体をした龍人とくれば話題だけでも人は集まる。

 それに加えて健康的な褐色の肌に燃えるような紅蓮の髪を靡かせる。そんでもって艶やか声で『オマエさん』なんて声をかけるわけだ。龍は歳も取りづらく人気は鰻登り。来る人くるひと『花魁、花魁』と囃し立て、龍人おたつは何処へ行っても引っ張り凧だった」


「しかし龍は千年と言えど歳は取る。少しずつだが、シワは増えるし肌艶はだつやは衰える。もの珍しさも引き潮に入ると一日も客が入らない、なんて日も出てくる。これをいわゆるなんて言うが、何日も増えると、まぁ花魁とはいえ居づらくなるわけだ。控えでひっそりと座る。隣では若い子の楽しそうな声が聞こえる。だんだんと鬱々としてくる」


 「そこにだ、若い衆が声をかけるってぇわけだね。『元気だしぃね』なんつって入ってくるわけだ。若い衆と言っても小僧から爺さんまで歳幅は広い。客の袖を引いては『ちょちょチョイッと、お兄さん。今夜は安くしときやすぜ』なんて言って客を引き入れるのが若い衆。俗に牛太郎なんて言われてたりして下働きをする奴は全部が年甲斐もなく若い衆なんだ」


「若い衆ってのは何たって優しいし表裏がないような奴が多くてね。龍人とて血の通う生きものだもの、情に生きるは人の常ってやつだぁな。弱目に『そんな、くよくよすんめぇ、折角の客もけぇっちまう。今日は冷えるね。どうだい、一緒に鍋焼きでも食うかい』なんて男に言われちゃ日にゃ女心は揺れに揺れるってわけだ」


「花魁が小言を言う。それを一人の若い衆が親身になって耳を傾ける。二人の距離はズン、ズン……ズズーッと近くなる」


「しかしだ、そんな日が続けば頭領の親父だって黙っちゃいない。当人二人はバレちゃいねぇって思っていても蜜月が増え、日が重なれば噂も広がる。すると『花魁と若衆がくっついちゃ、下に示しがつかないじゃないかい』なんて親父はとがめざるおえなくなる。元は根っからの真面目な二人だから包み隠さず『あい、すいません』と謝っちまったのが運の尽き。『困ったね』と親父が呟いた」


「ただそこで終わりにならないのが遊郭特有の粋ってやつだ。『ヤリツ、オマエは花魁を幸せに出来るんかい。今の返事に嘘偽りはないね。ならオイラが取り持とうじゃないかい』と親父が取り持ち、晴れて二人は夫婦になった」


「ヤリツのお咎めは無しになり。また若い衆として仕事に精を出す。花魁は眉を落としまげを結い白足袋を履いた、おばさんになる。おばさんと言っても近所の飴ちゃんをくれるとは訳が違う。通称、やり手なんて言って、若い衆が連れてきた客を上手く遊女に橋渡しをするんだが『おにいさん。今日は可愛いのがいるよ。若い衆は安くしとくって言ったって?そう、ケチケチしちゃいけないよ。今日は彼女の初仕事なんだ。恥かかせちゃ男が廃るよ』なんて言って金額を競り上げる」


「二人でせっせと働き金が入る。夏服が揃い冬服も増え、家財道具も揃ってくる。ただ金に余裕が出てくると道を外すのが男ってもんだ。もともと山師だったヤリツは一山当てるのを再び夢見るようになったんだな。金山に銀山、一番得意は魔鉄山だな。仕事を休んでは山に登っては、その度に『すいません、すいません』と妻が頭を下げるわけだ。最初は親父も「もともと山師だしな。別に女を作ったわけじゃなし。しかし無断欠勤はコレまでにしてくれよ」なんて笑って許してたんだが、どうやら博打にも手を出したらしい」


「当時の馬賭けはでっち上げがほとんどで、意思疎通の出来る馬人を駆け馬にして順位を操作してたわけだ。最初は勝って味をしめ、気づけば負け続け。その負け金を取り戻そうとして更に突っ込む。金が無くなりゃ質屋に通い、服がなくなり家財道具がなくなり、明日食べる物も家すらも取られ、挙げ句の果てには仕事場には見放される。というのは世の中、当たり前田のクラッカー」


「おっ、なんかそんな話、何処かで聞いた事があるぞ!」「まぁ聞け、ダイル。ここからが骨頂よ」


 ショゲンキは私の声を手で制し、歩きつつも水袋をゴクリと傾けて、更に扇子をひらひらと、そしてまた話し出した。


          ○


「『どうすんだい』と妻が問うと『すまねぇ。これからは真面目に働く』『働くったってねぇ……ここいらには、そんな場所はないよ』『ならば、もう弾玉はじきしかねぇやい』」と、ショゲンキ二人一役の迫真の演技。


「ハジキは遊郭から弾かれた身なりの汚い若者なんかを馬小屋に連れてきては、無理やり客にしちまう商売。女が気の利いた言葉を男にかけると外から若い衆が『お直しよ』と声をかける。女が「もう、お勘定かい?」と男を引き留め、そこで客が『お直しするよ』と言うと金が入り、再び女は気の利いた言葉をかける。それを繰り返すことで金は吊り上げられていくという情け容赦のない商いだ」


「『アンタ、あんな非情な仕事が出来んのかい?』『お、おぅ。俺らには、もう、コレしかねぇべ』」更にショゲンキの口は勢いづく。


「『コレしかってね……女はどうすんだい。こんな商売、女がいなけりゃ始まらんじゃないかい』『女はいるじゃねぇか、そこに……』」


「『正気かい?あたしゃ、アンタの妻だよ』

『妻もへったくれもあるかい。なぁ頼むよ』と懇願に懇願。こうなると女は強いもので愛するヤリツの頼みと思えば……」



「ちょっと、待ってくれ」

「なんだ、ダイル。これから良いところなんだ。ここから夫婦一丸となってだな……」

「ところでヤリツケイカ殿の歳はいくつで?」


 私が尋ねると同時か「誰か呼んだかい?それより、ばあさん、飯はまだかね」と閑散とした町の古民家から見るからにの好々爺が現れた。私は老人を横目に悪寒が走りながらも、再度「それ、いつの話なんだ」とショゲンキに尋ねると「ワシが十二、三の時かな」と答えた。


「その時、ヤリツケイカ殿の歳は?」

「確か若い衆でも年配の方で四十手前」


「つかぬ事を聞きますがショゲンキ殿の今の歳は?」とボルチュが聴くと「もう五十も半ばか」と答えた。逆算すればヤリツケイカ殿は御歳おんとし今年に九十歳は過ぎているハズ。


「あら爺さんたらやだよ。今たべたばかりじゃないですか」とヌルリと爬虫類の尻尾を携えた、これまた優しそうな老婆が相槌を打った。


「おぉ、そうじゃった。そうじゃった……っでお主ら何を聞きたい」


 真理の司祭でありたいと思う青年諸君。君たちは諸先輩の所為を愛されよ。しかしながら、君たちは先輩を模倣せぬように戒めよ。伝説を尊敬しながらも伝説が永久とならないことを知れ。それは「自然の愛」と「誠実」との成れの果てである。この天才のふたつの強いパトスはある種の辛抱だ。神を頼りにするな。そんなものは存在しない。真理探究者の資格はただ知恵と注意、そして誠実と意志だけだが…テもう、相手がボケてしまっていては元も子もない。正直な労働者のように君たちも仕事を歯を食いしばってやり遂げよ。


 結局のところ私は資料を頼りに金國王について考察に考察を重ねる方法しか見いだせなかった。歯を食いしばった勤労である。なんせヤリツケイカ殿に何を尋ねても「婆さん」と「飯」以外の公言はなく「これぞ愛と誠のなし得る御業!」と、ほとほと唸るしかなかった。

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