第17話 ショゲンキの桃源郷
ショゲンキとは男子諸君の精剣エクスカリバーを鎮めるため、日夜努力を欠かせない我々には崇拝すべき殿方である。この方がいるからこそ世の性犯罪は抑制され、裸で乱痴気騒ぎを犯す男児が少なくなったと言っても過言ではない。そして、彼を陰ながら手助けする桃色絵師の方々にも今一度、御礼申し上げる。
「貴方がショゲンキ殿であらせられますか?」
「……ほぉ、私の名を知っておるか。ということはオマエも助平、ということだな」
「そんなことは御座いません。私はテムジン配下ダイル、ちょっとエッチですが、正真正銘の紳士で御座います」
「面白い!オマエがダイルか。さすがはチャラカを父に持ち、モンリクに育てられた男児。良い面構えだ」
私達男児は精剣エクスカリバーを鎮め親しく付き合ってなければならない。沈静化が出来なければ精は行き場を失い欲情という名の魔物が暗逆非道を繰り返す。頭は混沌とし、さも某ゲーム運命物語に登場する伝説の剣の如き精剣しゃべりだしてしまう……そんな妄想にまでかられることであろう。そう、私のブツのように。
「オイラよう。生まれてきてこのかた、存在意義を感じたことがない。ついてる意味があるのかねぇ」
「何を言う。私は誇り高き男児である。ついていることこそに意味がある」
「とはいえ、華がない。あぁ華の無い人生だ」
「それを言うな」
砂漠を渡り、もう一週間が過ぎようとしている。さすがに我慢強いと自称する我が精剣エクスカリバーも花魁との一件からざわざわと騒ぎ出していた。
「此処は遊郭だろう。一小世界の烏を殺して遊女と朝寝と洒落込もうぜ」
「まあ、待て。そう焦るな」
「このヘタレが」「ヘタレ言うな」
「じゃあ、よぅ。ショゲンキの親分に頼んでくれよう。桃色書物を譲って貰おうや。軟弱者のオマエでも、それくらいは出来るだろ」
——クソッ!俺はこんなことの為に金國へ来たのではないのだ。
「ムスコ如きがそこまで言うのなら、私にも懐に入れた黒薔薇書物がある」
「そ!そんなぁ、男同士がくんずほぐれつしている書物なんざぁを見て、萎えるだろう」
「精を制してこその本当の紳士なのだ」
「なぁ、頼むよ。産まれてから共に生きてきたオイラ達の仲じゃないか。慰めておくれよ」
私は窓際まで歩き、夕闇に暮れ行く金國の空を見上げた。隣の遊郭では行燈に火がともり、吊り下げられた褐色の提灯が煌びやかに輝いている。振り向くとショゲンキ殿はふっくらとした饅頭みたいな笑顔を見せた。
「ショゲンキ殿、つかぬ事をお尋ねしますが……桃色書物は何処で?」
「やはり、君は助平だな」
〇
此処は書律の隣、遊郭鼓楼。珍友ボルチュとテムジンが若かりし頃に下働きしていたと聞く多数の遊女を有する、全くもって私とは縁もゆかりもな殿の言いつけでなければ一生来ることのなかった夜のいけないお店である。
「やぁ〜。ボルチュさんだ!」
「懐かしいね。ゆっくりして行ってよ」
「まぁ、凛々しゅうなって」
(可愛いなぁ)など惚けてもいられない……何故ゆえこうもボルチュだけがモテる。納得いかない「私は主役の身ではなかったのか。見損なったぞ、執筆者!」とプンスカしているところに最悪なタイミングで「これが新作の桃色書物ですぞ」とショゲンキ。「やぁね」と蔑む遊女の視線。
恥ずかしさ居た堪れなさに私の思考は急速に動き出し「ほら、オマエが欲しがってた奴だぞ」と声を上げ、強引にボルチュに手渡した。
「なぁに、ボルチュ。いつから大人になったの」
「やっぱり男さね、上がっていきなさいよ」
「あら、姉さんたちズルい。私もボルチュさんが……」
——あぁ、なぜ故「なぜゆえ」
「まぁダイル落ち着きなさい。此処はボルチュにしては古巣なんだ。働く遊女の半分はボルチュが連れてきたようなものだしな。にしても随分と逞しくなったな」
「ご無沙汰しております、ショゲンキ殿。私も書律にお伺いしようと思ったんですが、ダイルの奴が」
「あぁ、別に気にするな。それより今宵は女達の話し相手をしてやってくれ。オマエがテムジンと共に旅立ってから辞めるものも多くてな。それより、テムジンは元気か?」
「元気すぎます。最近では例のオッパイ癖がひどすぎます」
「ハハッ、それくらいは許してやれ。ああやって怒りを鎮めているのだ」
「ショゲンキ殿は殿の癖について何か知っておられるのですか」
「アイツの父、イェスゲイが亡くなる直前にオッパイと口ずさんだ」
「それは聞いております」と私は不躾に割って入った。
亡き主君の父イェスゲイが死ぬ寸前、妻ホエルンに抱きしめられ「おっぱい」と口ずさんだ。転移もまだ発展途上。皆はいずれこの草原全土を統べると噂された偉大な人物から零れ落ちた言葉を遮二無二と調べた。しかし、有力な情報は未だ出ず「おっぱい」と言う言葉が一人歩きを始めだした。主君曰く「おっぱい」とは、時に「ドンマイ」と等しく、時に「グッバイ」と同じ。そして、「大義」と全く掴み所がなく多種多様に使う主君の言動に困惑は広がるばかりである。殿の無用なオッパイの口癖を皆は「おっぱい癖」と呼んでいる。
その打開策を打たねばと私を含めモンリク母、チャラカ父は「おっぱい」の真の意味を現世で探っていたのだが、調べに調べても破廉恥ワード以外の何物でもなく、やがて勤勉に調べを繰り返した私の想像力は開花を超え、頭のニューロンネットワークは脳内桃色変換機となり果てた。こんもりお山にすら欲情する始末で脳内はお花畑である。私とて初めから才能に恵まれていたわけではないのだ。努力の果てに堕ちたと言える。
「おっぱい……とは心の平和に繋がると記されていた」
「ショゲンキ殿、それは本当ですか!」
「結論を急ぐなよ。しかしだな、現世の書物で読んだことがあるのだよ。ペンギンが跋扈する世界で少年は言ったそうだ」
怒りそうになったら、おっぱいの事を考えるといい。そうすれば、必ずや怒りは鎮まり天下平定の世が訪れると。
「……ということは」
「おっぱいとはワシもまだよく分からんが、優れた法のように平等にあり、母のように柔らかく優しいと聞く。テムジンは世界を統一し平和な世を築こうとしてるのではないかと思うのだ」
「草原の平定……ですか」
私はあくびを一つ、背筋を伸ばしショゲンキ殿に告げた。
「ショゲンキ殿。その平定の為。我々は金國と同盟を結びたいのです」
「金國王は漢族から女真へと戻った。先代漢族の王と比べ、今の王は女性、しかも腐っていると聞く。理解するのは大変に骨が折れる仕事となるぞ」
「それでも、殿は同盟を望んでおられます。そして私も所帯を望んでいます。戦の度に現世と異界を行ったり来たりする多忙な任を降りて、のんびりスローライフを送りたいのです」
暫し、ショゲンキ殿は首を傾げていた。
〇
「同盟の話にしても、私は外様の契丹人だ。長い年月を金國で生きたヤリツケイカ殿なら古来より住まう女真族の何か情報を知ってるかもしれない。それに、あそこには千年龍がいる。千年も生きた知恵者なら
「ヤリツケイカ殿は伝説の千年龍を飼っているのですか?」
「いや、飼ってるというより飼われているというか……彼女は龍人なのだ。まぁ、逢ってみればわかる」
「それにボルチュ、魔鉄を探しているんだろう」
「金國にも魔鉄があるのですか?」
「今は少なくなったがな、ヤリツケイカ殿は山師だ。ヤリツ殿が魔鉄山を掘り当て金國を大きくしたのは本当の話だ」
夜も更けて遊女が一人、また一人と名を呼ばれ去っていく。気づけば男三人だけとなっていた。ボルチュは未だにショゲンキ殿から熱心に話を聞いている。私は珍友から先ほど渡した桃色書物を返してもらい惰眠を貪った。寝るは極楽、三文の徳である。現世にいる若人よ、徳を積む事を忘れることなかれ。
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