第16話 金國遊女三千世界
私と私の後ろから迫るようにして付いてくる小鬼顔の珍友ボルチュは昨夜一睡もする事もなく動き続け、荒涼とした砂漠を超えた。更に我々は駆け、斜陽へと変わりゆく太陽が私たちの影を伸ばしていく。
砂漠を抜け馬で駆ける。地は草原とまではいかないものの、砂は少なくなり気持ち良さげに馬は疾駆した。「頼む、ウララ頑張って走ってくれ!」後ろから追い迫るは白馬に乗ったチリチリ頭のゴブリン野郎。まさに鬼の形相である。
「ボルチュ。話せば分かる」
「分かるものか!あれ程、魔草花を遊びの道具に使うなと言っていたではないか」
点在する
私は掴みかかる珍友の右腕をかわすと馬から華麗に飛び降りた。ウララを馬からバジンへと変化させ……おっと読者諸君、質量保存則のことは忘れ給え。えっ、馬から人にではないよ。ちゃんと服を着ていることだよ。
「ウララ、新調してもらったのか。似合うじゃないか」
「えへへ、ホエルン様に。次は異界でも解れないし大丈夫だって」
浮雲羊の魔糸で編まれた
はぐれない様にとウララの手を引きつつ、筋骨隆々の漢民族を「チョイと御免よ」ッと掻い潜り、ニヤけ呆けた女真族の乙女をひらりと避ける。有象無象の群衆の中を針穴に糸を通すかの如くヒョヒョッいと走って歩いて、たどり着いたるは金國の入り口。高く聳える羅生大門の前まで、やっとこさっとこたどり着いた。
「ウララ、大丈夫か?」と声を掛けると「元気もりもり」と少女は力こぶを見せた。ウララの頭上、可愛らしい馬耳もピョコりんと、そり立つ。
「それより……」とウララの指す方角。ボルチュがひいコラと言いながら、珍友の乗っていた馬ゴルシは馬人と成りて、ひいコラの手を引きながら歩いていた。英国紳士のように白銀の髪を靡かせる馬人ゴルシは小鬼を連行するよう……まさに月とすっぽん!笑いがとまらん。
「おっ、兄さん。それは南宋で流行っている
「あら、整った顔立ち。今宵はどうだい。あちきと褥を憚ってはくれないか」
「すまぬが、事を急ぐ身。何せ金がない」とボルチュ
さすがは遊女三千人と歌われた金國前の花魁道中。珍友は金國を前にして(こりゃ可哀想にむしり取られちまうね)何て私は悠長に構えてた……だが、どうやら様子がチョイと違いなさる。
「金ならいいさね。寧ろ昨日の稼ぎであちきが美味い飯でも食わせてやるさ。それとも、アンタも汚れた女は嫌いかい」
「そんな、姉貴に抜けられたら今夜の看板が無くなっちまう。そんな日には商売あがったりだ」と若い衆は猫なで声の花魁に懇願する目を向けた。
きめ細やかな格子窓から覗かせたるは高飛車な態度ながら歳は見た目で
——だからって、若い男なら誰でも良いということか……まったく、いけないお嬢さんだ。
私はボルチュと花魁の間に入った。
「オマエは心に決めた女がいるんだろ。だけど金國前で騒ぎを起こしても難だ。気は進まんが俺が変わってやるよ」
「ダイル。でも、お前だって馬人の乙女のことが……」
「それ以上、言うな。親友のためだ。友の為なら一肌脱ぐってのが男ってもんだ。なんなら二肌も三肌も……これも全て友の為ならば、だ。ウララを連れて先にショゲンキの処で待っててくれねぇか。早朝には合流しようや」
「すまねぇ、ダイル」
「あぁ、美しき友情、だなぁ」
友が涙ながらに大門へと歩く。これで良いんだ。アイツに汚れ役は似合わねぇ。こういう汚れ役なら任せろ。寧ろカモンヌ。
「そういうわけだ。私が相手をいたそう」
「嫌さね」「……へ?」
「馬鹿なおしゃべりは辞めとくれ、ヒョロヒョロのお前に何が出来るというのさ」
「何をこのアマ。私は千の夜を超えてだな」
「黙れ小僧!なんで、あちきがオマエと寝ないといけないんだい。見るからに愚図で!甘ったれで!助べえで!童貞で!頭の悪い小僧に。牛太郎の申し出でもお断りだよ。これ以上の穀潰しはいらないんだい。それとも何だい、一番辛いキツイ仕事を死ぬまでやらせてやろうか」
——クソッ、なんで童貞だとバレた!こうなれば仕方がない
パサリと一冊の書が宙を舞う。「こ、これは」と遊女がたじろぐ。この時の為に用意してきた馬人エアル直筆、
「そういうことだ。オマエが望まないというのなら、俺は先を急ぐだけのこと」
私は黒薔薇書物を「返してもらうよ」と震える花魁の手から奪い取り颯爽と大門へ歩く。「そろそろ、日が暮れる。金國入りは明日にしてけろ」という門番に立ち往生のボルチュ。そんな珍友を横目に、黒薔薇書物の中に金一封を包み入れ門番へと手渡した。「こ、これは!」と驚く門兵。
「ほぉ、かような書物をご存知とは。博識ですな。どうです。私たちの仲間になりますかな?」門兵は声なき声を漏らしフルフルと首を横に振った後、金國への門を開けてくれた。「その本は、いったい何なんだ」とボルチュは訪ねたが「気にするな、そのうち分かる」と私は言ってショゲンキのいる書律を目指した。
〇
西日交じりの人気のない書律。ショゲンキがいないことを知るや否や、ボルチュは馬人と共に遊郭へと急いだ。無論、私は書律に残った。本を片っ端から探る。此処がショゲンキの書律ならば、何処かに桃色書物が眠っている可能性は高い。主君テムジンの言ったことが本当ならば、洋物馬人桃色絵巻があるはずだ!探しださねばならない。
「そんな白痴本を読んどると阿保になるぞ。50%とかネームも碌に練られない奴の作品だ。桃色書物をお探しか?それとも、黒薔薇書物か……」
茜色に染まりゆく本棚。恰幅の良い男が顔を出した。
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