第14話 砂塵舞うナルシス狂

 メルキトがなんだ!金國がなんだ!ここで私は立ち上がる。立ち上がらねばならない。可憐な乙女に恩を売る千載一遇の好機。


「殿ぉ。それはジャムカ殿の一件。あれは金國の意向とメルキトの圧力だと聞いております」

「知ったこと。話が見えんぞ。ダイル」

「殿、今こそ金國と同盟を。そして草原を統べ掟の見直しを私は要求します」


 ざわめく家帳の中。


「言い分は確かか?それでは反金國を掲げろと言うのか!それは草原の部族を全て敵に回すと同義なんだぞ」

「我が主君、情け無いですよ。同盟を結ぶためケレイト族はすでに動いているという情報も掴んでおります。今こそ我々も決断の時かと」


「草原は二つに割れる……か。道のりは険しくなるぞ。それでも、良いな」

「彼女のためなら私は……たとえ火の中、水の中、剰えスカートのなか」


 ……。


「なかなか、なかなか大変だけど、金國との同盟をゲットできるのだな」

「必ずやゲットだぜ!」


          ○


「さて、そうと決まれば話は早い。アブミ殿の住まいであるが私の住まう西の草原……」無論そこで私は主君の意見に待ったをかける。


「殿!彼女は現世で定住暮らしをされてたと聞きます。私の住まうモンリク亭が宜しいかと」

「うむ、ダイル。それは却下だ。お前と一つ屋根の下は危なすぎる。定住ならばアウラガ……」

「殿!アウラガ府は却下に御座います。それこそ、あのような男汁だらけの処に置いたら危のう御座います。やはりモンリク……」

「ダイル。却下だ。アウラガの奴等とオマエの破廉恥はおっぱいおっぱいだ」

「どっこい、どっこいとは……撤回を求める!」


「もう、いい加減にしなさい!」


「母上」「ホエルン様」と皆の視線がゲル入り口へ。小窓のようなドアから、ぬっと母上というより母ちゃんという姿が似合う女が顔を覗かせた……。背丈の大きな女性である。あの方がホエルン様か。


「彼女は私が面倒を見ます。あの子は人です。馬耳を有した少女です。人である彼女を捌く権利は誰にもないのです!」とピシャリと告げると身を翻す。


 私は慌てて家帳を出ていくホエルン様をなんとか捕まえる。「ダイル、生きていたのですね……」と言葉を漏らす女性の眼は蔑むように「ゲスの極みがまだ生きてるのか、恥晒し、この蛆虫野郎」とでも言うかのように佇む。私は圧力に押しに押され潰され「あっ、あぶみぃしゃんにわらしてくらはぃ《アブミさんに渡して下さい》」と曲がりなりにだが花柄の傘を託す事に成功した。


          ○


 私は道なき砂漠を進む……。


「ホエルン様は彼女を人だと告げた。なぜ故か?」

「ボルチュ。もともと真人だとか馬人だとか区別する方が烏滸がましいと、そうは思わないか」

「しかしだな、これでは掟の意味がない」

「確かに草原には重軽かかわらず掟はある。でもな結局ほとんどが統治者の匙加減でもって決められるものばかりだ。人殺しをした訳では無い。それにだ。殿がそこまで重要だと判断するならば、彼女が目醒める前に除伐していても不思議ではない。今の主君ならそれくらい躊躇わずにやる。しかし、それをしなかった」


 砂丘の中。大鼠タバルカンが顔を覗かせてはチュルリと身を隠す。


「殿は罰する気など無かったと」

「あぁ、そうだ。そして掟とは時に曖昧なものだ。我々は自由をこよなく愛する草原の民ではないか」

「自由を愛するか……それで。ダイルは自由とやらを見つけたのか?家出する時、俺は自由を探す旅に出る、と告げたらしいじゃないか」


 私は目を瞑る。確かにそんな青臭い、学に力及ばざる腐れ大学生じみた言葉を漏らした思いには馳せた事もある。しかしだね……。


 「もし貴方が道標もなき砂漠の真ん中にいきなり放り出されたとして『さぁ、貴方は自由だ。好きなようになさいな』と言われたら、どうするだろうか。『ひゃほぃ!これほどの自由はねぇや』と喜んで素っ裸で走り出すだろうか?もっと現実的な例をあげてみよう。見も知らぬ異国の街中、知人も案内人もなく幼き馬人と二人『これから貴方は自由ですよ。好きなように何日も過ごしてくださいな』と言われたら……貴方、ひとりぽっちと変わらんよ。よほどの旅慣れたものでも途方に暮れてしまうだろうし、よほど脱ぎなれた奴でも露出は上裸までに留まる。その時、服がなければ服のありがたみに気づくかもしれない。もし言葉がつかえたとしたら、その国のルールをまずは聞くはずだ。そしたらどうだ。気づけば自由を放棄しているのである。郷に入っては郷に従えとその土地の風俗習慣に合わせればたちまち自由とは言えなくなる。制限のない自由などありえない。この自由な砂漠を歩くにしてもだ。砂漠のタブーを知ってはじめて行動に移れるのではあるまいか。そう、決して自由な奴はいないんだ。分かるな。だから俺は帰って来たんだ」


「なるほど。手前、裸になれなかったから、ここへ戻ってきたと」

「違うよ」


           〇


 砂漠には歩き方がある。基本、日中はジッとして体力を温存し夜の星々に明かりが灯れば、それを頼りに道を進む。ときより現れる巨大な砂鯨が砂漠に生息する大鼠を砂山ごと丸呑みし地形を変えてしまうからだ。龍は千年、鯨は万年と言われるほど鯨は龍よりも巨大で、その大きな砂鯨の頭から吹き出す砂吹雪は強大だ。砂漠は何も無いように普遍的に思えて、自由で途方もなく変化を繰り返す。遥か彼方からでは何も変わっているようにしかは見えない場所でも……砂漠はそういう場所ところなのだ。


「ダイルがリベラリズムとやらを崇拝してるのは充分わかった。よく分からんが、分かった事にする。そうなるとオマエは、我が主がアブミ殿に手を出さないと知っていて金國行きを受諾した事になる。なぜ受諾した。失敗すれば私共々は金國で処罰されるかもしれない。砂漠で野垂れ死ぬ可能性だってゼロじゃないんだぞ」

「嫌だろ」「何がだ」

「後ろ指を指されて生きるの。ただでさえ馬人として現世で慎ましく生きてきたんだ。せめて、こっちでは気楽に生きて欲しいじゃないか……私と、一緒に」


「オマエと一緒とか反吐が出るな」

「うるせい、クソ野郎」


     〇


「ダイル。砂漠が美しいのは何故だと思う」

「私はまず美しいと思ったことはない」


 私たちは目的の水場に到着した。最短で砂漠を横断するために必須な道すがら最後の水場である。ボルチュが主君テムジンと出会った際に商業人から教わったのだという。商業者から聞き出し己の道を開拓していく主君を見て、まだ若かりしのボルチュはテムジンについていくことを決めたのだそうだ。彼はひとたび水を口に含めば饒舌に話し出した。もともと口から産まれてきたような人間である。


「それは水を隠しているからだ」

「五月蝿い!オマエは水も静かに飲めんのか……あっ、そうだ」


 読者御一等は急に設定も解らぬファンタジーを胃検査のバリウムの如く無理やり流し込まれ、げっぷも許されぬまま右へ左へとグルんぐるんと目まぐるしく視点が変わり「何と難儀なストーリーだ!」と思われたことでだろう。これも頃合いである。目の前に良い実験台を見繕った。これも読者御一統の為である。この書物が腐ってもファンタジーである事を開示するとしよう。


 さぁ、よってらっしゃい。見てらっしゃい。目の前にはゴブリンの形相のような男。白のタキシードをぴしゃりと身に纏い(結婚式でも行くのかしら?)と思わせるほどの奇抜な男。挙句の果てに胸には真っ赤な薔薇の花が刺さる。正直、着飾った魑魅魍魎の面様が胸に紅の花を刺す時点でファンタジーといえばファンタジーこの上ないが、この胸の花こそ、魔草花まそうかと呼ばれる魔法の類の一種であり、その道を極めし者たちは「火焔草かえんそう」と呼んでいる。まさに魔道具のような珍品である。


 この魔草花、魔鉄まてつを苗床にぐんぐんと魔力を拵える。種類も雑多。炎の吐く火焔草。水を含む水草すいそう。風の揺るぎ音を拡張させる音切草おとぎりそう。彼の胸元、真っ赤に燃えるような薔薇のような花弁はまごう事なき火焔草。パチンと大きく指を鳴らし音切草で震えさせればボウンと火炎が爆ぜる。鳴らせないなら「パチン!」と大声で叫べば良い。大声で叫べば、それはもうロックンロールだ!


 ……では試す。皆「刮目せよ!」


          ○


 その後、私と横のチリチリ頭は無口無心に砂漠を駆けた。砂道を嫌う馬には乗る事なく引き、砂塵が舞えば馬の後ろに忍び、その後ろからはチリチリが睨みを効かす。時折り馬には水を与え塩を与え、また付かず離れずを繰り返しては駆けだすのであった。

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