第8話 麗か去ったDAY
親友と手を繋ぎまだ降り止まぬ国道293を歩きます。森林公園を迂回しセブンイレブンで肉饅を頬張り大谷街道を左に逸れた時、キリンさんのように首を長くして待っていた心配性の祖父が愛車日産アリアから顔を覗かせました。
「雨が降り出したんでな、迎えに来た」
ここで祖父の話をします。名前を
○
私達は各々の家から着替え等々を見繕い、多気山不動尊に奉納されている弓と矢を持ち、宮ステーキで夕飯を食べた後に那須神社に向かう段取りとなりました。
多気山不動尊とは栃木県庁所在地宇都宮の西北、多気山の中腹に位置する真言宗智山派の寺院になります。当初は馬頭観音を御本尊としていましたが、今は本尊不動明王が御本尊と遷座されています。要は山の中腹に多くの信仰をあつめている仏様がいらっしゃるので御座います。南無南無〜。
多気の山は険しい。足で登るには疲労困憊となること間違いなしですが、舗装されているため車では楽勝ぷーぷー難儀なしです。祖父の愛車はスイスイと多気の山を登り、そして速やかに下山していきます。私は途中、隣で窓を開けてはしゃぐウララちゃんを諭しました。
「窓から手を出したら危ないよ」
「でも……うん、わかった」
聞き分けの良い子です。何故か助手席に座り祖父と楽しげに話す親友が不思議でたまりませんが旅は順風満帆、仲良き事は良き事なり。私達は微笑ましく北へ北へと進みました。
○
読者御一等、心配は無用である。私は食の問題を解決すべく大谷観音様にお恵みを頂いていた。神仏の頂き物を神である私が頂戴するのだから、まぁミクロ的視点では大層文句を言われそうではあるが、マクロ的視点でとらえれば如何という事でもない。同じような事であろう。
これもまた腹を空かせたウララのためを思えばこそである。自分は悟りを開く一歩手前まで来ているのだから一日二日は飲まず食わずでも生きていけよう、でもまだ馬人に成りたてのウララには辛かろう。「優しさ故、優しさ故」と呟きながら一枚岩に多数掘られた穴の中をしらみ潰しに食い物を探し、中の石仏に手を合わせては「南無南無」とあいさつを交わし饅頭やら煎餅やらをくすねて回った。これに味を占めた私は近く多気の山に住む御仏からもなにやら頂戴できぬかと企て薄暗がりの山を登る決意をした。これも全て愛馬ウララのためである。
○
霊言あらたかな多気の山は険しく、舗装はされているがかなりの急勾配であった。エッチらおっちらと登って行く。これもウララの為である。こんな私の苦労を嘲笑うかのように一台の乗用車がすいーっと走り去った。
「ダイル――、那須神社――、お先――」
ここで私のマサエ族もビックリの眺視能力の力が遺憾無く発揮された。手を振る幼女は正しく愛馬ウララである。眺視能力。それは私が長年遠くを見つせて生きてきた事により手に入れた遺産であり、その甲斐もあり近くに雑多落ちてた幸福は全て取り逃がしてきた負の遺産でもある。兎にも角にも私は車に追いつこうと走り出した。
○
平たんな道なんてなかった。私は何度もつまずき転びかけた。私は私自身を叱咤した。
「それでも今まで逃げなかったろ」
「あきらめなかったろ」
少々嘘混じりではあるが、力強いフレーズを口ずさむ。バックに吹き付ける秋雨。舗装の剥がれたラフロードをひた走り「上等じゃねえか、逆境なんて」と呟いた。
息も絶え絶え、汗なのか雨なのか分からない額にこびりつく水分を拭う。そして私の眺視能力(実は両目で2.0より少しだけ良い程度)が信号待ちをするミッドナイトブラックの車を捉えた。
「待ってもこない夜明けなら、こっちから迎えに行こうぜ」
「さあ、行くぞ。もう一度」と叫んだ瞬間。信号機のライトが赤から青に変わる。しんと静まり返る閑散とした田舎道に「やっちゃえ爺さん」という言葉が残響し車は雲散霧消の如く走り去っていった。国産車の底力を見せつけられた。――そんな気分だった。
私は苛立ちを隠せずバリバリと煎餅を砕き、饅頭を頬張った。
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