第6話 ミイラトリガーミイラ
読者御一統。またまた私で申し訳ない。とはいえ私とて主役の座を奪う身。「主役にはJKを求む」といった破廉恥極まりない意見は全て却下する。語るにこの麗しの栗毛乙女と私の出会いこそが、後に世界を混乱の渦へと巻き込みつつも、波乱万丈、紆余曲折の末、万事ハッピーエンドの筋書きへと導くことであろうと自負する。
「異界には強気モノを求む」と連呼する異世界の民たちなど屁でもない。屈強な偉丈夫を異世界へと連れていくなど笑止。私と彼女のアバンチュールは一夜にしてならずも一途にしてこれ然り。長い年月をかけて育む愛こそ真実の愛。なれど、超遠距離恋愛は体に毒ゆえに、彼女を転移させたいな〜と、私利私欲に溺れては一切無いので安心して頂きたい。
私とて少しは礼節を弁えてはいる。ここで拉致して怪盗のように奪い去る事はムツカシイ。そして、そんな強姦魔に心を開く女子が何処にいようか。普段は二つ並んだ
しかし、天はいつでも二十四時間コンビニエンスストアのように味方をした。
「アブミ〜傘忘れてる……って、行っちゃったか」
我ながらに「コレは少し都合が良いのでは?」と作者を訝しんでみたが、せっかくの麗しの栗毛乙女と話す絶好の好機を得たので重々活用させて戴くとする。「そこの乙女、私にお任せあれ」と私は半ば強引に花柄の傘を奪い取り一目散に駆け出した。無論、目指すは麗しの栗毛乙女である。
〇
部活も終わり私は帰路を目指します。下駄箱前、針山のような傘立ての中に私の傘が見つからなかったのには、がっかりです。雨は降らずしてなので早々に立ち去るとしましょう。
校門前にてジャージ姿の男に呼び止められました。斜陽に染まる彼の頬は少しやつれていました。
「先ほどはどうも」
「無事、お洋服を着れたみたいで何よりです」
大きめサイズのジャージを着こなす彼でしたが、初めて会ったのが裸でしたので、ブカブカは然程気にはなりません。
「カサを忘れていたみたいで、お届けに参りました」
「ありがとうございます」
私がホッとしたのも束の間。傘を差し出す彼を……突如出てきたミイラ男が鷲掴み!白き包帯のようなものでグルグルにまかれた、たぷんたぷんのお腹をしたミイラが彼の胸ぐらを掴みました。
「貴様、俺のジャージを返してもらおうか」
邪心に震わせ腹を抉るような声でしたが、どこか馴染のある声でもありました。私はどうしていいか分からず、干上がった水の上を跳ねる鯉のようにピチピチと手をはためかせながら、口をパクパクとしていたことに違いありません。
「大丈夫、私の後ろに」
彼は私を庇います。ジャージ男VSミイラ男という稀有な対戦が実を結ぶ事となりました。特撮好きの私としては少々、興奮気味です。そんな熱した私の頭を覚ますように天からは雨粒がパラパラと降り出してきました。やはり天気予報は当たるのです。天気予報士は次世代の神に成り上がるやもしれません。となればタイトルは「天気予報士の成り上がり」「とある科学の天気予報」あたりがベターかと……。
「クソ―。トイレットペーパーではここまでか」とミイラ男が叫びます。
「天が我に味方した」と彼が叫ぶと、なんだか私は舞台裏、蚊帳の外でございます。
雨粒を浴びるミイラ男の包帯がみるみる溶けていき破廉恥。そこに現れたるは破廉恥捕獲作戦遂行中の精鋭部隊。
「やっと見つけたぞ変質者め。わが精鋭部隊の怒りを知れ」
「部活をさぼって何をしている。恥を知れ」
曇天の下、てんやわんやの攻防戦。激闘の末、数人の男子生徒がミイラ男にのしかかる。「公衆の面前で裸になるより、部活動をさぼった方がマシだ!」と我が友が叫びます。「マシだ、マシだ」と先ほどのバジンの幼女が猿山の人だかりの上部に君臨し右手を掲げると、最後は「ぷぎゅー」と言ってミイラ男が頭を垂れました。
○
読者御一等
今宵ばかり(まだ夕刻ではあるが)は少し考えさせて頂きたい。何故、私は今まで口説き文句というものを一つも学んでこなかったのか。あの時、気の利いた言葉の一つや二つを切り出したあかつきには、念願の栗毛乙女とのチュッチュムラムラなイベント事に発展したはずである。フラグは立たずして私の心とともに今は折られて候である。彼女のつぶらな目、私の張り裂けそうな胸の鼓動を前に父から教わった目押しや馬選びは何の役にも立たなかった。父を恨むと共に、その後の一部始終をここに記す。
私はミイラ男を撃退し栗毛乙女を魔の手から救い出した。これほど最高の男女の出会いがあるだろうか。数多くの異世界アニメを見てきた私であるが、これはもうクライマックスと言っても過言では無い。たかだか六話で男児たちの心を鷲掴みにした究極のエンディングを描けるハズであった。
他社の作品から読み解くに、序盤はヒロインが空から落ちてくる然りベランダに干されている然り声を掛ける程度に留まる。ましてや有名某アニメに至ってはチンピラに絡まれているところ助けられ偽名を教え込まれるといった体たらくぶりである。それに引き換え私はものの数分で事件を解決、ヒロインを救ったのだ。脇役に徹するといいながら私の類まれなる英雄気質が勝ってしまったのは致し方がない話だが、ワトソン君もびっくり仰天、目がテンの解決能力であった事この上ない。
ミイラ男は我が勇敢なる行動の前にひれ伏した。私の正義的オーラを感じ取った同志たちがミイラに覆いかぶさり、その頂点に我が愛しの牝馬ウララが君臨していた。
「おーい、ウララ。よくやったぞ」
私は幼い馬人を褒めたたえた。「ダイル、ダイル」とウララも喜んでいた。学校中が歓喜に沸いていた。それなのに、それなのにだ。「なんでこうなった〜」と叫べるものなら叫びたい。
「ダイル!」
ウララとは別で私の名を叫ぶ女がいたのだ。違和感が脳裏を掠めた。女は破廉恥精鋭部隊を指揮していた。言わば親玉的存在である。実年齢三十オーバーなれど体は十五。この年齢の男児は破廉恥とともに生きていると言っても過言ではない。睨め付けるような女の視線に私は素早く反応し足早に逃げた。この時、栗毛乙女の手を引き逃げていたらと思うと悔やみに悔やまれる。
私は耽る。雨降るる中の決死の逃亡劇、一本の傘に身を寄せる男女。「雨、やまないね」と彼女。「青空よりも俺は貴女がいい!天気なんて狂ったままでいいんだ!」と私が放つ。するとサッと雨は止み雲は晴れ青天の空に虹がかかる。しかし、時刻は夕刻であり激あつレインボーはどだい無理な話である。それ以前に私は彼女の傘を握りしめて逃げており、それはまさに盗人である。それ即ち……最悪最低変態野郎である。
○
回想は途切れ、私は雨止まぬ畦道を一人ぽつねんと歩く。額を打つ雨粒は冷たく、広げた傘は花柄。ジャージ姿の男と色とりどりの花をあしらった傘。脳内がお花畑になる日は直ぐ其処まで迫って来ているやもしれない。
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