第5章 すれ違って、出会って - 3
「伏せろ!」
スオウは叫びながらマリーンを押し倒す。紙一重で銃弾が殺到。窓は次々と砕け散り、部屋のなかを鉛玉の嵐が蹂躙していく。スオウはマリーンを抱えたままネブリナの死体が突っ伏している執務机の陰に滑り込み、その天板を窓に向けるよう引っくり返す。
「ああああっ! リナァッ! リナァァッ!」
マリーンが狼狽え叫び、銃弾に晒されるネブリナの死体に縋りつこうとする。スオウはマリーンの肩を抑えつけるも、マリーンの目は虚ろに涙を流すだけで目の前のスオウさえ認識できていない。
「落ち着けっ! トゥマーンはもう無理だ。マルマロス!」
跳弾がマリーンの頬を掠める。薄く血が流れ、痛みのおかげかようやくマリーンは我に返る。だが今まさに目の前で唐突に起きた親友の死を、にわかに受け入れることなど到底できるはずもない。マリーンは頭を抱えて蹲り、目を固く閉じて現実に背を向ける。
スオウは耳を済ませ、意識を事務所の外へと向ける。銃声から敵の数と距離を推測。O&Z社製の汎用銃身式突撃銃〈ウルスⅢ〉。通常弾丸にオラティコン弾丸、さらには徹甲弾と散弾までもが一丁で装填可能。しかも大量生産品なので安価。弾詰まりなどの不具合も多いが、マフィアやギャングなども好んで使う典型的な突撃銃だ。
銃声の数から判断して、外にいる敵の数は少なくとも八人。事務所が三階にあることも加味すれば、奴らが陣取っているのは向かいのビルだろう。
「囲まれているな」
スオウは銃弾に紛れる足音を確認。入り口が蹴破られ、事務所のなかに雪崩れ込んでくる敵の気配を感じ取る。
公開討論会での一件が招いたこの状況は、スオウが護衛として至らなかったことも一因としてある。だからここできっちりと仕事を果たす必要がある。
「マルマロス。あんたはこっから一歩も動くな。出来れば目も閉じていろ。すぐに終わらせる」
マリーンは不安そうに視線を上げ、未だ受け入れられない現実のなかで、唯一頼ることのできるスオウを信じて頷く。スオウは自らの左腕を確認。痛みを催す気配はない。
「――――唸れ、〈アウストラリス〉
号を呼び、執務机の陰から一気に飛び出す。外からスオウの影を捉えたらしい狙撃手が一斉に弾をばら撒く。
〈アウストラリス〉が弾け飛ぶように広く展開。枠だけになった窓を塞ぐように広がり、殺到する銃弾全てを飲み込む。再び左腕のかたちへ収まったときには既に、スオウは執務室の扉を飛び出す。
同時、挟撃を目論んで事務所に押し入っていた連中と接敵。スオウは左腕を振るう。波打つ腕の至る所から飲み込んだ弾丸が猛烈な勢いで放たれ、敵の第一陣を食い破る。
苦鳴が響くなかを疾駆。今度は大剣――拾伍番・
右斜め後ろから銃口が突き付けられる。スオウは左の〈アウストラリス〉で別の男の首を斬り飛ばし、向けられた銃身を右手で掴む。掌が焼ける音。その無謀な奇行に、金髪の青年は引き金を引く指に躊躇いを見せる。
「一瞬の躊躇がもたらすのは永遠の死だ」
スオウは右腕に力を込め、素の腕力だけで銃身を圧し折る。戦慄してたたらを踏んだ青年に、身を翻すまま剣閃を走らせる。青年の上半身と下半身が分かたれ、撒き散らされる内臓が壁を汚す。恐怖に染まりながらもまだ束の間の意識を保つ青年の心臓を、スオウは靴底で思い切り踏み抜いて潰す。
情けはない。容赦はない。ここはもはや戦場――。ただ無慈悲に命を奪い合う場なのだ。
スオウの背後から第二陣が迫る。第一陣がやられたのを知った外の八人が、事務所へと踏み込んできたのだ。怒号とともに向けられる銃口が火を噴く。スオウは床に伏していた首のない死体を右手で引っ掴んで盾にする。
「
盾にした死体の腹を貫いて、鋭利に伸びた〈アウストラリス〉が横並びになった襲撃者たちの列に次々と風穴を開けていく。
弾切れとともに弾幕が晴れ、スオウは引き裂かれた死体を投げ捨てる。あまりに人の道から外れた鬼畜の所業に、襲撃者たちも戦慄せずにはいられない。
「うああああああっ、バケモンだあああああっ!」
戦意を挫かれ、威勢を失った男が悲鳴とともに、突撃銃を捨てる。スオウはすぐさま再び拾伍番・
「こいつ……普通じゃねえ……」
「笑わせるな。殺しに来て、手段がどうのと綺麗事を抜かすお前らのほうが普通じゃねえよ」
まるで迸るスオウの力を表すように、螺旋状に流れて渦巻く〈アウストラリス〉を全身に纏いながらスオウが言う。見せつけられた地獄のような殺戮に、完全に戦意を失った男が尻もちをつく。
「こんなことしておいて、タダで済むと思うなよ! てめえはぶち殺される! 腸撒き散らして、広場に生首飾られんのがてめえの最期だよっ!」
「随分と元気がいいな」
「ひっ……」
男は喉元数センチメルトーのところに拾伍番・
スオウは倒した敵の数を目視――一人足りない。
気づいたスオウが振り返るのと、運よく逃げた男が事務所の扉から飛び出すのは同時。スオウはすぐに男とは逆方向に駆け出す。破壊された事務所のなかを走り抜け、砕け散った窓から跳躍――転がって衝撃を殺しながら着地。逃げた男は階段を転がるように下りてきて、そのまま全速力で走り去って行く。
スオウは男の背中を鷗。しかし男に続いて細路地へと曲がった刹那、スオウの眼前に一人の男が立ち塞がった。
「退け」
「残念ながら、そいつぁ無理な申し出でござる」
あらゆる文化が混在するプルウィア市であっても珍しい東方装のその男は、スオウの怒気を孕んだ声にも怯むことなく山のような静けさでそこに佇んでいる。そのせいで逃げ出した男の背中は入り組んだ路地の奥へと消え、あっという間に見えなくなってしまう。思わず大きな舌打ちをしたスオウに、東方装の男は不敵な笑みを浮かべた。
スオウは反射的に距離を取り、左腕を構える。東方装の男が暗がりから前に進み出てきて、その姿がはっきりと露わになった。
頭の後ろで結わいた長髪に無精ひげ。眼光は視線だけで岩を切り裂けそうなほどに鋭く、緩んだ口には煙草を咥えている。胸元を緩く羽織った臙脂色の長着にやはりゆったりと結ばれた漆黒の帯。腰には長短、使い込まれた様子の二本の刀がぶら下がっている。左の人差し指に嵌められた深紅の指輪だけが男の纏う雰囲気から浮いていた。
「こいつぁ、若ぇもんらにゃちと重いしのぎになっちまったでござるなぁ。貴殿、〝鬼のスオウ〟とお見受けいたすが如何に?」
東方訛りがひどく聞き取りづらい大陸語。拍子抜けするような間の抜けた響きでもってスオウの耳朶を打つ。
だがスオウの構えには緊張が走った。
間違いない。こうして対峙するのは初めてだが、佇まいから滲む暴力的な圧がその正体を何よりも雄弁に語る。
どうして貴様がここにいる――そう問う余地はなかった。
「貴様は
「かっかっか。
劉玄はゆらりと流れるような所作で脇差を抜き、右腕一本で中段の構えを取る。
一方のスオウは獰猛に口角を吊り上げた。
望み続けていた死地。それが今まさに鮮明な手触りをもって、目の前に立ち現れていた。
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