第164話  分裂①

マルメディア ニアルカス オテル・ド・プルミエ



退館チェックアウトである11時を2時間も過ぎているが、まだ部屋に留まっている客がいる、という報告を支配人のリーバーマンは受けた。


「部屋の扉を叩いても、応答が無いのです。勿論、部屋に備えつけてある電話での連絡も試みましたが、こちらも電話に出ることはありませんでした」


受付係のハーマンが答えた。


「いかんな。事件か事故か、ともかく、そのお客様の部屋に向かうとしよう」


リーバーマンは警備担当者とハーマンを連れて、退館してない客が宿泊している部屋へと向かった。


問題の1105室前に到着したリーバーマンは、扉をま4回叩いてから声をかけた。


「お客様、当館の支配人です。退館時間が過ぎております」


室内からの応答は無かった。


「…参ったな、これは」


再度、扉を4回叩いてから声をかける。


「お客様、支配人です。お返事が無ければ、室内に入らせて頂きますが、大丈夫ですか?」


やはり応答は無かった。


「…仕方ない。合鍵を使って部屋へ入るか。君達、部屋から応答が無かった事は、証言してくれるな?」


支配人からの問いかけに無言で首肯する、警備員と


「はい」


と応じた、受付係のハーマン。


「では、入室するとしよう」


合鍵を使用して錠を解き、扉を開けて中へ入る3人。


「お客様、当館の支配人です。いらっしゃ…なっ!」「うわっ!」「ひっ、これは!」


寝台(ベッド)の上に血塗れで全裸の男が横たわっていた。


「けっ警察に連絡だ。とりあえずは、この部屋から出よう」


支配人がそう言うと、慌てて一行は部屋から出て行った。





「この部屋には、もう一体の遺体がありました」


ニアルカス警察の捜査担当責任者ファスベンダーが言った。


「もう一体?宿泊者名簿には、このヘルマン・ウィトゲンシュタイン様お一人での入館チェックインとなっていたのですが…」


支配人のリーバーマンは、そう返した。


「ふむ、外部から第二の犠牲者を呼んだ、という事ですな。遺体には、顔が見えないように毛布が被せてありました」


「それは、どのような意味なのでしょうか?」


「親しい人を殺害した場合によく見られる行為です」


「それは、つまり…」


「心中の可能性が極めて高い、と我々は見ています」


「心中、ですか」


「両者とも全裸で発見されてますし、まぁ、痴情のもつれが引き金となったのでしょう」


そこまでファスベンダーが説明された時に、別の捜査官が部屋へ入ってきて


「警部、このウィトゲンシュタインですが、教皇庁の枢機卿です」


とファスベンダーへ耳打ちしてきた。


「…捜査には慎重を期さないと、拙いことになるな。とりあえず、現場検証をしっかりとやろう」


やれやれ、これは厄介な事件になりそう…いや、なっているな。


ファスベンダーは腹の中で舌打ちしながら、そう思った。

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