第162話  幕間

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 朝食の間




昨日から、軍で採用予定の野戦糧食レーションの試食を行なっている。


今朝は2号野戦糧食レーション・タイプ2の朝食を試食だ。


A缶とB缶の2種で朝食1セット分になっている。


朝食の主食は…牛肉団子ミートボールと野菜の番茄醬汁トマトソース煮込み、と缶詰には表記されているな。


缶詰は、巻き取り鍵で開けるタイプだ。


缶切りが不要なのは、これはイイ。


一昔前の缶詰コンビーフの開け方と同じだな。


野戦糧食の箱の中に入っている巻き取り鍵を使って、缶詰を開ける。


開けてみると…缶詰の中身は真っ赤だ。


…食欲が湧かない色味だ、参ったな。


味は…不味い!


トマトの酸味しか感じない。


旨味が全くない。


中に入っている野菜はクタクタになるまで煮込まれていて、食感と味を感じられない。


ミートボールも同様で、柔らかい何かの肉の塊としか感じない。


これはダメだ。


朝からこんな食事を支給されたら、兵士の士気はダダ下がりになる。


…次はB缶を開けてみようか。


中身は…乾麺麭ビスケットか、これが5枚。


ミートボールにビスケットを合わせるか、普通…


ここは膨化乾麺麭クラッカーだろ?


他には…浄水用錠剤が1つ。


貯古齢糖チョコレートが1枚。


粉末の汁物スープ、珈琲、柑橘オレンジ味の果実汁ジュース


珈琲用にか、角砂糖が3個に粉末牛乳ミルクが1つ。


乾燥果実ドライフルーツが1袋。


中には、乾燥苺ドライストロベリーが入っている。


味は…まぁ可も無く不可も無く、だな。


こんなモノだろう。


これはこれで良しとしよう。


ビスケットは、割と硬めに焼いてあるな。


長期保存を考慮したか?


少し柔らかくするのに、缶詰のミートボールのトマトソースに浸けてみる。


…これは絶望的に不味い。


最悪だ。


朝食の間で立ち会っている陸軍兵站研究所所長アルペンハイムが心配そうにこちらを見ているが、講評は後からにするつもりだ。


次は1クォード(1リットル)入り軍用水筒に水を入れ、浄水用錠剤を中へ放り込む。


錠剤が溶けた頃を見計らって、水を一口飲んでみる。


…これまた微妙に不味い、と言うか、苦い。


この水を使って、粉末のオレンジ味のジュースを作ってみる。


袋には『0.4クォードの水に溶かして使用すること』と表記がある。


二重構造となっている軍用飯盒メスキットの内盒には、1・2・3・4と目盛りが刻まれているので、水筒から水を4の目盛りまで注いでから粉末ジュースを投入して、付属食器カトラリースプーンでかき混ぜて溶かす。


溶けた粉末ジュースは、内盒を持ち上げ口を直接つけて飲む。


…うん、これは悪くない。


浄水用錠剤の苦味が消えて、割と飲みやすい味になった。


さて、外盒でスープと珈琲用のお湯を沸かしてみるか。


屋内で焚き火は出来ないから、水筒から水を注いで焜炉コンロのある大膳部でお湯にしてもらおう。


え〜と、珈琲が0.3クォード、スープが0.2クォードか…


はぁ?


水筒の中身、ほぼ空状態の残り0.1クォード(0.1リットル)しかないじゃん!


これじゃあ夏場は保たないよ。


浄水用錠剤は、一食当たり2錠にする必要があるな。


暫くすると、大膳部の調理場から沸いたお湯が入った飯盒が届けられた。


飯盒の中に収まっていた軽銀アルミ製のコップへお湯を注ぎ、粉末スープを入れてスプーンでかき混ぜる。


味は、具の無い玉葱汁オニオンスープだ。


これはこれで、悪くない。


問題は、主食の『ミートボールと野菜のトマトソース煮込み』とB缶のビスケットにある。


苦労して、不味いトマトソース煮込みと硬いビスケットを、溶いた粉末オレンジ味ジュースで胃へ流し込んだ。


これを完食しないと、1日に必要な熱量カロリーが不足することになる。


スープを飲み終えて空になったコップへ、今度は粉末珈琲用にお湯を0.3クォード入れて、粉末珈琲と角砂糖を2個、粉末ミルクを投入する。


レーションに入っていた角砂糖は3個だから1個余ったが、支給する数はこ3個か?珈琲が苦手なら、4個は必要かもしれないな。


最後にチョコレートをたべながら、珈琲を飲むとするか。


どれどれ、チョコレートの味は…甘くないし、異様に硬い。


香りは…何だこれは!


長期間使っていなかった地下室の臭いがするぞ。


しかも、口の中に入れてもチョコレートが溶ける気配がない。


何だ、このチョコレートは!


珈琲は…まぁ仕方ないか。


味はともかく、一応、珈琲の香りはしている。


さて、立ち会っていたアルペンハイムへ感想を伝えるか。


「この野戦糧食を完食しての感想だが…」


「はっ!」


アルペンハイムは直立不動の姿勢を取る。


「巻き取り鍵式で缶詰を開けるのは、これは大変素晴らしい」


「だが、主食のA缶の味付けがダメだ。酸味が強すぎる」


「野菜も肉も、味がしないし食感も無い」


「B缶で合わせるのは乾麺麭ビスケットではなく、膨化乾麺麭クラッカーではないか?」


「粉末果実汁ジュース汁物スープ珈琲コーヒー乾燥果実ドライフルーツに関しては、合格点を与えられる」


貯古齢糖チョコレートは味が悪過ぎる。口の中でも溶けないし改善が必要だ」


「前線で粉骨砕身して生命を賭している兵士へ、この味の糧食を支給するのは犯罪行為に等しい」


「浄水用錠剤が足りない。一食当たり2錠は必要である」


一気に捲し立てると、アルペンハイムの顔面が蒼白になった。


「誠に申し訳ありません。御指摘頂いた

点につきましては、すみやかに改善いたします」


「うむ。前線の将兵の士気が下がるような糧食では、勝てる戦争も勝てなくなってしまう。それについては、私が言わなくても所長は理解していると思うのだが…」


「はっ、陛下の仰せの通りにございます」


「とにかく、成果を挙げるよう研究所一丸となって取り組んでくれたまえ」


そう言って、アルペンハイムを『朝食の間』から送り出した。


はああ〜…


今、Googleがあって『野戦糧食』で検索したら、『野戦糧食 不味い』が一番上に来るんだろうな…

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