第161話  教皇併立⑦

マルメディア ニアルカス 教皇庁 聖レオンハルトの間



「聖下、どうか御心をお平らに」


司教省長官ライザー大司教が手にした書類を眺めてから、『前教皇』アルミニウス6世へ声をかけた。


「それらの者共は、教皇である余に対する反逆者、即ち、地上における神の代理人に対する反逆者であり、聖教会に対する反逆者でもある。よって、破門を宣言する」


アルミニウス6世は、そう言い放った。


「これだけの人数を破門にしては、教皇庁の政務が回りません。どうか、どうか御一考をお願いいたします」


ライザーが懸命に説得する。


「聖下、余りにも破門する者が多過ぎます。このままだと、破門された者の中からダ・マッタの一派へ擦り寄る者が多数出てしまいかねません」


教皇儀典室室長ミケリーノ大司教が、そう発言した。


「それは、拙い」


ギャラガー枢機卿が、そんな言葉を漏らした。


教皇選出選挙コンクラーヴェでは敗れましたが、票数は僅差でした。勢力の均衡バランスが微妙な時に、過激な策を選択するのは上策とは言えません。一気に均衡が崩れる恐れがあります」


「そうかもしれんな。しかし、余に牙を剥いた者共を放置しておくのも、業腹というものだ」


アルミニウス6世が嘆いた。


「現状、教皇空位という事態になっています。シウバ猊下が恩寵式を遅らせている間に、教皇庁内部でアルミニウス聖下へ忠誠を誓う者を集める多数派工作を行なって、教皇庁内部に影響力を残すべきです」


教皇儀典室室長ミケリーノ大司教が、そのような案を出す。


「ですが、私の下へ早急に恩寵式を執り行い、ダ・マッタを叙階し新教皇に任命しろと抗議が多数寄せられています。何故、恩寵指揮を行わないのだ、と。これ以上、恩寵式を遅らせるのは、もう無理です」


教皇空位期間管理局局長シウバ枢機卿が、現状を説明した。


「来週中には恩寵式を執り行い、ダ・マッタを新教皇に叙階しなければならないでしょう。それまでに聖下が隠然たる勢力を教皇庁内に残せるよう、一同で活動しなくてはなりません」


「そうだな、それをやるしかない。その工作で何をすべきか、皆が理解されてると思う」


内赦院院長最高裁判所長官ミュシャ枢機卿が言ったが


「だが、工作資金は教皇選出選挙の票の取りまとめで使い切ってしまった」


と、ガスペリーニ大司教が、アルミニウス派の苦しい内情を述べた。


「財務評議会の議員が雪崩を打ってダ・マッタ派に鞍替えしている。議長のサン・ジェストは中立を表明しているが、これまで通りに金銭を融通して貰って使用できるとは到底思えない」


「サン・ジュストにも痛い腹はある。今まで我々に協力して『信徒の為の銀行』から、多額の金銭を聖下の周囲へと動かしていたのだ。今さらダ・マッタへ尻尾を振っても、待っているのは破滅だ。その辺りを説けば、サン・ジュストも再度協力してくれるのではないか」


教理省長官のリピンスキ枢機卿が、工作資金の問題は何とかなりそうだ、と述べた。


「うむ。とにかく時間が無い。早急に工作に取りかかり、成果を挙げるよう期待している」


アルミニウス6世の言葉で聖下レオンハルトの間から、アルミニウス派の高位聖職者が三々五々立ち去って行った。


「…教皇の座を退いても、枢機卿という地位には留まれる」


人が居なくなった聖レオンハルトの間で、アルミニウス6世は呟いた。


「枢機卿の過半数をこちらに取り込めたら、再度、特別教皇選出選挙スペキアーレ・コンクラーヴェに打って出て、余に忠誠を誓う者を教皇に据える。これしかないな」





レヴィニア 首都シロンスカ 大蔵省 大臣室



「補正予算を組むのは構わないが、その財源は一体どうするつもりなのだ?」


大蔵大臣ルビジンスキが、事務次官のパウラスに質問した。


「陛下から軍事費に充てる補正予算を組め、と大命が降下しております。最優先で当たらないと、閣下が罷免される可能性があります」


と答えたパウラスに


「財源無しに、どうやって予算を組むのか。また増税か?」


と再度、質問で返した。


「…聖教会からの秘密裡の融資と新税導入で、何とか形だけでも補正予算を組んで『財務省は仕事をしています』と訴えないとアピールしないと、大蔵省自体に大鉈が振るわれる恐れがあります。そうなってしまっては…」


「最悪、財務庁と金融庁に分割されて、大蔵省は格落ちの省庁になってしまうな。まあ、それはいい。新税導入について聞こう」


「省内で研究していた新税に、人頭税があります」


「はぁ?そんな極めて逆進的な税を導入して、一体どうするつもりだ?」


ルビジンスキは呆れている。


「所得や資産に関係なく、一律に課税か。では、収入も資産も無いものから、どうやって徴税するのだ?」


「…人頭税の原則通りに徴税するのは、多分困難でしょう。ただ、増収分に比して、税務調査にかかる費用は少なくて済みます」


パウラスが苦し気に、そう答えた。


「ふん、諸々の増税で困窮した国民がレヴィニアから逃亡し始めたら、この国は終わってしまうのだぞ…いや、まさか!」


「北部に居住しているバスチースク人は経済的に困窮してますから、バラシハ地方から逃げ出してくれるか租税滞納で国外退去にすれば、バラシハ独立問題も解決するでしょう」


セヴェルスラビアとレヴィニアの国境地帯、バラシハ地方(セヴェルスラビア名バラショフ地方)に居住して、民族自治を訴えて両国からの独立、建国運動が盛んなバスチースク人排斥をも狙っての人頭税導入だと、パウラスは説明した。


だが、それは悪手だ。


そうルビジンスキは思ったが、パウラスの説明には無言を貫いた。


独立運動がより過激になった場合は、誰がどのように対処するのだ?


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