第160話 教皇併立⑥
マルメディア ニアルカス 教皇庁 聖ケレスティヌス大会議室
「…投票の開票結果を発表いたします。有効投票数129票。内、リピンスキ枢機卿63票。ダ・マッタ枢機卿66票。以上の結果、ダ・マッタ枢機卿に恩寵を与え叙階し、新教皇といたします」
国務省長官ウィトゲンシュタイン首席枢機卿が、そのように告げた。
僅差だったが、聖教会の改革派が勝利を収め、改革派新教皇選出の運びとなった。
「馬鹿な…」
親アルミニウス6世派の枢機卿達は、選挙の結果を聞いて呆然としていた。
「事前の票読みでは、我々が勝っていた筈だ」
敗れたリピンスキは撫然とし、敗北を認めようとはしなかった。
「どうしてこうなったのだ?」
「どうしてもこうしてもない。早急に選挙の結果を教皇聖下へお伝えしなければ」
「…全てが終わってしまったか」
ギャラガー枢機卿は呆けたように椅子に座ったまま項垂れて、立ち上がれないでいた。
その一方で、新教皇に選出されたダ・マッタ枢機卿の周囲には、祝福の声をかける人集りが出来ていた。
あの中に、聖教会改革委員会に属する者がいるのか。
醒めた眼で、リピンスキはダ・マッタとその周囲の人集りを眺めていた。
「…?首席枢機卿のウィトゲンシュタインは、改革派ではなかったか?何故、祝福の言葉をかけに行かないのだ?」
大会議室を足早に立ち去ったウィトゲンシュタインの後姿を見て、リピンスキの脳内は疑問符が渦を巻いていた。
何かがおかしい。
親教皇派の内部に、聖教会改革委員会に通じている者がいたのではないか?
…今となっては、どうでもいい事なのだが。
◆
マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室
「破門?破門だと何か困ることがあるのか?まぁ、王位剥奪は困るが、それもアルミニウス6世が勝手に吠えているだけの話なのだが」
「陛下、破門はいけません。早急に解いて頂きましょう。聖教会から破門された者を国王として戴くのは問題である、と騒ぎ出す者が必ずや現れます」
侍従長フォン・エーベルシュタインが、懸念を口にした。
「そういうものなのか。気に留めた事もなかったよ。こちらに瑕疵が無いにも関わらず、一方的に破門だの王位剥奪だの言われてもなぁ…で、誰に破門を解いてもらうのだ?新教皇か?それとも破門を宣言したアルミニウス6世か?」
「陛下の破門を解けるのは教皇だけですから、新教皇のクレメンス10世に依頼するのが最善かと。ですが、クレメンス10世が今回の破門をどう考えているかは不明なので、確実に破門が解けるかどうかは…まぁ、アルミニウス6世も破門を宣言するとか、完全に常軌を逸しているというか、周囲の状況が理解できないというか、側からすると理解に苦しむ所です」
先日の
その一方、アルミニウス6世は相変わらず教皇庁に居座り、教皇然として振る舞っている。
「ふうむ…では、王位剥奪はどうなる?」
「それも新教皇の考え次第になります」
「ふむ…それでは、アルミニウス追い落としの策でも練るか」
「それについては、外務省第5局(マルメディア情報部)が手配しております」
「いや侍従長、アルミニウスの権威を失墜させるという意味ではなく、物理的にニアルカス、教皇庁から追い払う、という意味なのだが」
「そのようなお考えでしたら、フォン・クリューガーの業務だと思われますが」
フォン・エーベルシュタインは、陸軍参謀総長の名前を出した。
「うむ、参謀総長と会談の手配を頼む。それと、聖教会への働きかけで外務省にも動いてもらわねばならないだろう。外相も呼んでくれないか」
「御意」
「…ところで侍従長、たしか君は以前に『自分はマルメディアに仕えているのであって、国王に仕えているのではない』と言っていた記憶が私にはあるのだが」
「…そのように申しております」
「つまり、侍従長には理想とするマルメディア像がある、という判断で間違いはないな?」
「…陛下の仰られる通りです」
フォン・エーベルシュタインが言葉を選んで、慎重に答えた。
「では、侍従長。あるべき理想のマルメディア像実現の為に、次に打つべき一手とは何か?」
「…優先順位の付け方が難しいのですが、先ずは聖教会に陛下の破門と王位剥奪を解いてもらう。アルミニウス6世の退位。陛下の婚姻。可能であれば、ヴァレーゼの王族から王妃を迎えたい所です。ナルインとの平和条約締結。将来のセヴェルスラビア解体後の国境線問題の処理」
「私とほぼ同意見だな。だが、『破門を解いてもらう』『王位剥奪を取り消してもらう』では、マルメディア王権に対する聖教会の神権の優位性を事実上認めることになる」
「そうでした。私の考えが浅慮でした」
フォン・エーベルシュタインが詫びた。
「だが、とりあえずは聖教会対策からだな」
「では外相と参謀総長の参内を手配いたします」
一礼して、フォン・エーベルシュタインは国王執務室を去って行った。
さて、教皇が併立している聖教会へ、いや、アルミニウス6世へ、どうやって嫌がらせをしてやるか…
何か良い知恵を浮かばせるには、舌が焦げそうになるような熱くて苦い濃い目の珈琲が必要だ。
「エメリッヒ、大膳部へ連絡して、深煎りの珈琲を
執務室内にいた秘書侍従のエメリッヒにそう言ってから、さて聖教会対策をどうしたものか、と考える。
破門?
王位剥奪?
宣言したことを後悔させてやる。
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