第159話  教皇併立⑤

マルメディア 首席ノイスブルク 法務省 記者会見室


「…以上がお手元にある資料の概要となります」


法相アインホルンが、『オットー3世の寄進状』が偽書である、との説明を終えた。


そのアインホルンに向けて、記者からの質問が殺到する。


「エピタフ・マルメディアです。聖教会は、この事案…つまり寄進状の捏造と国有地の不法占拠について把握しているのですか?」


「それは我々、マルメディア法務省の関知する所ではありません」


「デイリー・ノイスブルクのジンガーですが、この会見は、昨今配布されいる『聖教会改革委員会』のチラシの内容を裏付ける発表になりますが、法相におかれましてはどのようにお考えですか?」


「え〜、私自身は、その書面を拝見しておりませんので、何とも発言のしようがありません」


「ノイスブルク・タイムズです。今後、どのような働きかけを聖教会へされる予定ですか?」


「訴訟の準備をしている段階です。ただ、聖教会とは未だにこの件についての折衝が出来ておりません」


「マルメディア・トリビューンですが、このオットー3世の…」


アインホルンには、次々と質問が浴びせられていく。


マルメディア国鉄の列車内に置かれていた第二弾のチラシは、聖教会が詐欺行為で土地を不法に取得している、と『聖教会改革委員会』が教皇庁を糾弾している内容だった。


チラシを見た人々は、『まさか、そんな馬鹿げた事が…』と内容を半信半疑で読んでいたが、マルメディア法務省が公式に聖教会の土地不法取得を明らかにしたことで、第一弾のチラシの内容…教皇アルミニウス6世が奢侈に耽っているという内容の信憑性を高める結果となっていた。


マルメディア国内の、いや、複数の国に跨る多数の聖教会信徒は『これは教皇庁…教皇聖下自身に問題があるのではないか?』という疑念を抱き始めていた。





マルメディア ニアルカス 聖教会教皇庁 財務評議会



「いかん。いかんな、これは」


傍聴者(オブザーバー)として財務評議会に参加していた聖典委員会委員長バルバストル枢機卿が、頭を抱えていた。


財務評議会の議題とは関係なく、教皇アルミニウス6世がマルメディア国王ハインリッヒ3世へ『破門』と『王位の剥奪』の宣言をした事に対する議論がなされていた。


『オットー3世の寄進状が偽書である』とマルメディア側が公表したことは、聖教会に対する挑発と見なす他ない、という判断をした教皇が宣言していたのだが、結果、教皇庁内は恐慌を来しながらも、その対応に追われていた。


「破門はともかく、王位剥奪を宣言したのは拙い。教皇聖下は王権よりも聖教会の神権優位を唱えたつもりかもしれぬが、王位剥奪を宣言したのはマルメディアへ宣戦布告したのと変わらない行為だ。軽率に過ぎる」


ガスペリーニ大司教が、溜め息混じりに発言した。


「宣言してしまった以上、どうすることも出来ない。ハインリッヒ3世が教皇聖下へ贖罪の謝罪をしに現れるとも思えぬ。どのようにして収束させるおつもりなのか、見当もつかない」


デ・アンヘリス枢機卿が見通しの暗さを語った。


「マルメディアがハインリッヒを廃位すれば、問題は解決する。そのために、聖教会一丸となってマルメディアへ働きかけねばならない」


ファレル枢機卿が吠えるが


「では、誰がどのようにマルメディアへ働きかけるのですか、ファレル猊下?」


とマッテオ枢機卿から質問されると


「それを話し合うための会議ではないか!」


と、自らの無策を隠すかのように、再度吠えた。


「ここは財務評議会だ。そのような議論は、外務局で話し合うべき議題だ」


財務評議会議長サン・ジェスト枢機卿が、この話題を終わらせようとする。


「財務評議会の喫緊の課題は、金融危機下にあるカルシュタインへの融資が、ほぼ返済不能な不良債権と化している事、レヴィニアへの融資も返済が滞っているにも関わらず、教皇聖下の命で更なる追加融資を行わざるを得ない、の2点の筈だ」


「…両者とも、教皇聖下主導の下で行なった、いや、行なっている案件だが、一体、誰が責任を取るのだ?」


ペーニャ枢機卿の質問には、答える者はいなかった。


「カルシュタインの案件が外部に漏れたら、『信徒の為の銀行』の運営、存続にも響きかねない。ニアルカス一帯の地代収入も、マルメディアからの訴訟で係争中につき保留だ。にも関わらず、聖下とその一派は奢侈に耽っている。一体、どうなっているのだ?」


親教皇派が多数を占める財務評議会は、深い沈黙が支配した。


「…御一同、このままで良いとお考えか?」


「財務状況が悪化している『信徒の為の銀行』を放置するつもりはない。評議会としては」


「銀行の事ではない。元凶たる教皇聖下をどう扱うのか、と私は言っているのだ」


ユベール大司教の発言を遮って、サン・ジェストが発言した。


「…これは拙い。教皇聖下への責任論が出ると、親教皇派は何も言えなくなる」


バルバストルは、親教皇派が多数を占める財務評議会の不穏な空気を察知した。


「アルミニウス6世は、もはや死に体なのかもしれん。これは親教皇派からは距離を取った方が良さそうだな…」


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