第158話 教皇併立④
マルメディア ニアルカス ニアルカス駅5番線
入線してきたニアルカス始発ライヒェンベルク行きの急行列車に乗り込んで来た乗客は、全ての座席の上にチラシが置いてある光景に驚きを隠せないでいた。
誰が何の為に置いたのだろうか?
チラシには何が書いてあるのか?
皆が抱いていた疑問は、置いてあったチラシを手にした時に氷解した。
チラシの発行者は『聖教会改革委員会』。
内容は、聖教会が長年に渡って不正に土地を取得してきた事を舌鋒鋭く糾弾しているものであった。
「まさか聖教会が不正に土地を占有しているとか、あり得ないだろう?」
「いやいや、ある一時期から急に聖教会が所有する土地が増えているぞ」
「教皇聖下は構わないが、汝ら盗むことなかれ、とはね」
列車の中は、聖教会や聖職者に対する不満や噂話で持ちきりになっていた。
その発火点となっていた車内の座席に置かれていたチラシは当然、この列車の座席にだけ置かれていたものではない。
マルメディア
チラシの内容に関しては、故郷へ、旅行先へ、出張先へ、或いは家庭へ向かう人々が噂話として、マルメディア国内だけでなくカルシュタイン、レヴィニア、ヴァレーゼ、ナイメリア、セヴェルスラヴィアにまで広がることになる。
◆
マルメディア ニアルカス 教皇庁 聖レオンハルトの間
「はぁ?
やられた!
そう思いながら、教理省長官のリピンスキ枢機卿が、素っ頓狂な声を上げていた。
聖アンドレアス広場で告示された、特別教皇選出選挙実施の告示を聞いての反応だ。
「馬鹿な!教皇聖下が生前退位を表明していないにも関わらず特別教皇選出選挙とは、国務省長官は何を考えているんだ?教皇併立になるぞ」
聖典委員会委員長バルバストル枢機卿が怒りを込めて、そう言った。
「既に告示されてしまいました。今更、選挙の取り消しは出来ません」
司教省長官ライザー大司教が聖教会司法の立場から、そのように述べた。
「まさか首席枢機卿のウィトゲンシュタインが『聖教会改革委員会』の
リピンスキが呻いた。
「とにかく、我々は結束して今回の教皇選出選挙に勝たねばなりません。教皇聖下は候補者の対象外となりますから、我々の息のかかった人物を新教皇に据えた後、その新教皇に退位して頂いて『やはり正統はアルミニウス6世聖下である』と聖教会が認めるのが最善の策では?」
ライザーが策を披露した。
「その通りかと。しかし、選挙のことをお知りになったら、教皇聖下が何と仰られるか、頭が痛い」
教皇儀典室室長ミケリーノ大司教が、いかにも面倒臭そうに言った。
◆
マルメディア ニアルカス 教皇庁 国務省 外務局
「これは拙い。マルメディアと折衝を行う前に、
外務局局長ニルソン枢機卿が、マルメディア国鉄の車両内に置かれていた、『聖教会改革委員会』が発行した第二弾のチラシを読んで、頭を抱えていた。
「この『聖教会改革委員会』は、本来の在るべき聖教会の姿を理想としているようだが、今現在、それを訴えて行動するのは聖教会分裂を招きかねない。我々は聖教会分裂を望んではいない。新教皇選出を目論む我々からすると、『聖教会改革委員会』は危険な存在だ」
ウエストウッド枢機卿が、溜め息をついた。
「教皇聖下は、一体どうなさるおつもりか?事態の収拾には、聖教会がマルメディアへ詫びを入れる他、ない筈なのだが」
タグリアーニ枢機卿が最善と思われる策を述べたが
「手遅れです。詫びて済む段階ではない。私とウエストウッド卿が釈明しにマルメディア外務省へ出向いたのを、教皇聖下の意を汲んだミュシャ内赦院院長が『土地は主が聖教会へ与えたもうたものである』と主張して、マルメディアは態度を硬化させています」
と聖座財産管理局局長バザン枢機卿が述べた。
「剃刀の刃を渡るような対マルメディア外交が必要な状況で、よくもまぁやってくれたものだ」
オリベイラ枢機卿は呆れていた。
「教皇聖下が外務局の存在を無視して自らの意思で外交政策を行うなら、それはそれで良いだろう。ただし、教皇聖下の外交政策の失策の責任を誰が取るのだ?国務省長官ウィトゲンシュタインか?教理省長官リピンスキか?或いは外務局局長の私か?それとも聖下ご自身が引責されるのか?」
ニルソンの問いに
「…一般論になりますが、教皇聖下は絶対無謬の存在ですから、外交問題の失策の責任は外務局局長が取るべきかと」
タグリアーニが答えた。
「無関係の私が引責、聖教会追放。最悪の場合は破門か」
ニルソンが苦笑いした。
「今は、出来る事を確実にやりましょう。まず、選挙の候補者をダ・マッタ枢機卿で意見を統一。そして選挙で勝って新教皇に叙階して頂く。次に、当事者能力喪失として、現教皇アルミニウス6世聖下に退位して頂く」
バザンの意見に一同が頷いた。
やるしかないな。
ニルソンは腹の中で、そのように決意した。
◆
マルメディア ニアルカス 教皇庁のとある一室
「選挙が告示されたか」
「本来在るべき聖教会の姿に戻す好機です。ここでもう一撃、教皇派に加えることが出来れば、主もお喜びになるでしょう」
「教皇派は、選挙には誰を立てて来るのだろうか?」
「やはり教理省のリピンスキでしょうが、彼の御仁が新教皇になれば新教皇退位で、正統はアルミニウス6世として、治天が続くやもしれません」
「それだけは避けねばなるまい。反教皇派の候補者はダ・マッタと聞いたが…」
「反教皇派がダ・マッタで候補者を一本化出来るのであれば、我々が理想とする神の僕たる聖教会に一歩近づくのだが…」
「裏側から手を回して、ダ・マッタ以外の候補者を立てないように計るしかないな」
「では、それに向けて一同、励んでくれたまえ」
同意の呟きを漏らし、青色の枢機卿服を着用した男達が、部屋から立ち去って行った。
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