第157話  教皇併立③

マルメディア ニアルカス 教皇庁 聖レオンハルトの間


「…何だ、これは!」


教皇アルミニウス6世は激昂していた。


とは言っても側近に怒鳴り散らしたりするのではなく、深く静かに怒りを燃やしている。


それはまるで、骸炭コークスが白い炎を上げ燃えているような感じだ。


薪が激しく赤い炎を上げて燃えるよりも、骸炭が白々と静かに燃える方が遥かに高温だ。


ニアルカス駅頭で配布されていた教皇、聖教会批判のチラシが、本人の下へ届いたのだ。


「悪質な誹謗中傷です。このチラシを作成した『聖教会改革委員会』なる組織の構成員メンバーを特定し、聖教会の人間であれば破門の上、追放の処分を課さなくてはなりません」


教理省長官のリピンスキ枢機卿が、比較的冷静に対応策を述べた。


「本当に、この『聖教会改革委員会』なる組織は存在しているのでしょうか?外部の…例えば、東方教会が我々を中傷する為に作り上げた、架空の組織という可能性はないのですか?」


司教省長官ライザー大司教が疑念を口にする。


「これは相当に教皇庁内部に詳しい人物が執筆した文書だ。聖教会の在り方にまで踏み込んでいる。極めて危険な反逆者だ」


リピンスキは聖教会改革委員会を『反逆者』と言い切った。


「余は、これから集まった信者への法要ミサを取り行わねばならない。ひとまず、諸卿らに対策を任せる」


教皇庁内の聖フロリアヌス大聖堂には千名を超える信者が集まり、教皇の説話を待っていた。


そう告げて、アルミニウス6世は従者を率いて聖レオンハルトの間から去って行った。


「…この内容が事実なだけに、対応には困るが」


リピンスキが呻いた。


「事実無根として黙殺する他に、手はあるまい。下手に弁解すると、綻びが出るぞ」


内赦院院長最高裁判所長官ミュシャ枢機卿が、打つ手無しと言わんばかりの対応策を出す。


「しかし、この『聖教会改革委員会』の構成員は、教皇庁の上層部の人間であることは間違いない。それが誰なのか…それ次第で、対応がかなり変わってくると思うが」


聖典委員会委員長バルバストル枢機卿が、そう漏らした。


「確かに。広報事務局長のジェラールが構成員なら、相当に厄介な事になりますな」


ライザーが同意の声を上げる。


「聖下も諫言を少しはお聞きになられて、奢侈を少々お控えになられると良いのだが…」


教皇儀典室室長ミケリーノ大司教が、諦め半分の口調で述べた。


「それが出来る筈も無い事は、ここにいる諸卿も理解されていると思う」


そのようにリピンスキが言うと


「この『怪文書』が、これだけで終わるとは考え難い。第二、第三の文書が出たときに、教皇聖下は、いや、我々は耐え切れるだろうか?」


ミュシャが懸念を表す。


「…それだな、問題は」


バルバストルがそう言うと、その後は誰も発言しなくなってしまった。





マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室



「ほぅ、中々に推敲された名文だな」


ニアルカス駅頭で配布されていたという、現教皇庁上層部を糾弾するチラシが王宮へ届いた。


「この『聖教会改革委員会』には、随分と聖教会内情に詳しい者がいるようだが…」


「名前は出せませんが、聖教会高位の聖職者と外務局第五局マルメディア情報部の共同作業によるものです」


外務局第五局局局フォン・ヴァイゼンが、そのように言って種明かしをした。


「これが第一弾です。次の第二弾の配布は聖教会側も警戒してますから、配布方法を考えております」


「うむ、任せる。俗界に関与したがる現教皇の権威を失墜させ退位に追い込み、聖教会からレヴィニアへの資金の流れを断つのが目的だ。方法は問わないので、存分にやってくれたまえ。成果に期待している」


———怪文書とは言え、内容は事実に即しているのだから、否定する側の聖教会も対応には苦慮するだろう———


「…ですが、教皇アルミニウスが簡単に退位するとも思えません」


フォン・ヴァイゼンは、そのように見ているようだ。


まぁそうだろう。


極貧だった幼少期の生活から聖教会教皇の地位まで昇り詰めた人間が、至高の地位を簡単に手放す筈はない。


では、どうやって教皇の座を追い払うかだが…


「教皇本人の重大な醜聞スキャンダルがあれば、いかに厚顔なアルミニウス6世でも退位せざるを得ないでしょう」


外相ツー・シェーンハウゼンが、まるで醜聞が起きるかのような発言をする。


「後は、『聖教会改革委員会』の動き一つです。少々手荒なやり方かもしれませんが、アルミニウス追い落としに繋がる秘策を練っていると聞いております」


フォン・ヴァイゼンが明かした。





マルメディア ニアルカス 教皇庁 聖アンドレアス広場


衛兵に付き添われた教皇庁国務省の司教が広場中央にある公示台へ登壇すると、その場に多数いた観光客、巡礼者、聖職者は、司教が何を言うのかと注目して発言を待っていた。


司教は手にした書類を恭しく広げてから、声を張り上げた。


「本日、教皇庁国務省長官ウィトゲンシュタイン首席枢機卿は、特別教皇選出選挙スペキアーレ・コンクラーヴェの実施を、ここに告示する」


その発言を聞いた人々の騒めきで、聖アンドレアス広場は騒然となった。


「えっ?教皇聖下在位のまま、教皇選出選挙?」

「アルミニウス6世聖下が退位されるのか?」

「何が起こった?」


「なお、選挙の期日は追って告示する」


司教は書面を告示台脇の掲示板へ貼り付けてから、そう言った。


「これは反逆ではないか!」


その場にいた親教皇派の大司教が、非難の声を上げた。


「全ては、主の御心のままに」


公示台から降壇した司教は平然と返して、衛兵に付き添われながら聖アンドレアス広場から立ち去った。




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