第155話  教皇併立①

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 第二会議室



「こうも正面から喧嘩を売ってくるとは、ある意味、聖教会というかアルミニウス6世は善悪の判断が出来なくなっているのではないか?」


会議に出席している面々に疑問を投げかけてみた。


「聖教会は、いや、教皇アルミニウス6世は独善に陥っているのかもしれません」


会議に参加している外務省諸宗教対話課課長フィッシャーが、そう言った。


「最近は、ミュラー商会から仕入れた高級食材や酒類で、毎晩会議という名目の宴席を設けているようです」


———ミュラー商会だと!王室でもミュラー商会から食材を購入するのは、国賓が来訪した時か、国内での格式が高い公式行事の時くらいだぞ———


「…その宴席に費やしている金額は、把握しているのかな?」


「参加者は毎回変わりますが、ほぼ20名程度で金額は20ゴルト(200万円)程度と見られます」


「それが毎晩とは、いやはや、教皇聖下の御威光は大したものだな。聖教会が説く清貧とは何なのだろう」


外相シェーンハウゼンが呆れている。


「他にも、教皇庁内だけではなく、ノイスブルクのオテル・ド・リヴィエールの貴賓部屋ロイヤルスイートに宿泊し、旅館ホテル内にある食堂のアルページュを利用しているようです。


———アルページュか…贅沢にも程があるというものだ———


なるほど、叙階して教皇に選出されたら贅沢を諌める人間がいなくなって、本性が剥き出しになったというわけか。


「こちらのアルページュでも、最高級の葡萄酒ワインを付けて、おおよそ25ゴルト(25万円)程度になってます。宿泊費は、別ですが」


———宿泊もか!———


フィッシャーの説明に対して溜め息が出る。


ミュラー商会から20ゴルト、オテル・ド・リヴィエールのアルページュで25ゴルトか。


…いや、待て。


ミュラー商会からのそれは食材の購入費だから、レストランで言うところの原価だ。


店舗で提供する際、原価率30%とすると、え〜と…66ゴルトか?


———リヴィエールが良心的価格に感じるな———


参加者20名で1名当たり33万円って、どんだくイイ物食べているんだ?!


「外相、信徒からは、このような教皇の振る舞いをどう感じるだろう?」


「普通に考えると、信徒に清貧を訴えている聖教会の最高位の人間が毎晩のように華美な食事を摂るのは、これは主と信徒と聖教会自身に対する背徳的行為である、と判断するでしょう」


ツー・シェーンハウゼンが、そのように意見を述べた。


よし、少しだけ教皇の神経を苛んでやるか。


「では、取り敢えず聖教会の不誠実な態度にマルメディア当局は不信感を抱いている、と公式に表明しよう」


「まあ、その辺ですか。後は在ニアルカス大使のラインハルト公の本国召喚。本国召喚とは言いますが、在ニアルカス大使館はマルメディア領内にあるので、大した問題とは捉えないかもしれません」


「他に何か出来る事はないだろうか。何か見落としてないか?」


「その方面の達人、第五局局長にも意見を出してもらいますか」


この会議に、外務省第五局局長マルメディア情報部フォン・ヴァイゼンは参加していない。


第五局は何かに対して積極的な活動を行なっているようで、多忙のようだ。


「うむ、外相から連絡してくれたまえ」





マルメディア ニアルカス 聖教会教皇庁国務省内の一室



「どうだろう、票読みは出来たのか?」


「現状では、新教皇選出派が若干優位です。だが、確実に過半数を取れる保証はない」


「それは…」


「勿論、教皇選出選挙《コンクラーヴェ》の選挙権ディリット・ディ・ヴォートを持つ枢機卿が会議開催を満たす三分の二以上の参加で、という事での予測です。参加可能な枢機卿の数が読めないので、こればかりは何ともし難い」


「最悪、教皇派に切り崩されて新教皇選出選挙に不参加の枢機卿が多数出た場合、選挙そのものが成立しなくなる。そうなれば、我々は失脚、追放。最悪、破門となる」


「何としても特別教皇選出選挙スペキアーレ・コンクラーヴェを成立させて選挙に勝ち、可能ならば教皇派を一掃、最低でも少数派に転落させなくてはならない」


「マルメディアを愚弄するような行為を行うなど、聖下は常軌を逸しているとしか思えない。その側近も、諫言を全く行わず阿諛追従するなど、一体どうなっているのだ?」


「各自で中立派の枢機卿に働きかけて票を取り込み選挙に勝ち新教皇を選出せねば、聖教会は危うくなる」


「票を取りまとめるとして、誰を新教皇に据えるおつもりか?」


「…それが問題だ。アンブロジオでは教皇派を抑えきれまい。タグリアーニは若過ぎる」


「では、一体誰を?」


「ダ・マッタ。最善ベストではないが、現状では最良セカンドベストではないだろうか」


「ダ・マッタ司教枢機卿か」


「ダ・マッタなら、能力はある」


「彼なら聖教会改革をやってくれそうだが、火中の栗を拾うことに同意してくれるだろうか…」


「再度言うが、同意してもらわねば我々は破滅だ。そして聖教会も破滅へ向かう」


「御一同、新教皇はダ・マッタで宜しいですな」


青色の枢機卿服を纏った参加者が、一斉に同意する声を上げた。







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