第152話  対聖教会④

マルメディア 首都ノイスブルク 外務省別館 外務省第五局マルメディア情報部 局長室



「…エーレンベルク、一体どうやってニアルカスの教皇庁内部へ侵入したんだ?」


唖然とするフォン・ヴァイゼン局長の問いに


「アウリポリス修道院の、色褪せた黒の修道服を着て正面から入って行きましたが、何か問題でも?」


と平然と返す、エーレンベルク。


フォン・ヴァイゼンの手には、教皇庁の内部で保管されていたであろう古文書を写した写真が数枚あった。


「お前なぁ…私は怪物を作り上げてしまったのかもしれないな」


「お戯れを。俺が怪物なら、局長は怪物使いの達人ではありませんか」


エーレンベルクは戯けたような口調だ。


「…まぁその件はいいとして、この写真の書類だが」


「その写真通りです。一般に喧伝されているオットー3世の寄進状が、偽造と言うのか捏造と言うのか、まあ、その証拠となる聖教会側に保管してあった寄進の受取状の元本オリジナルです」


「再度の侵入は可能か?」


この書類の他にも、聖教会が不正を働いていた証拠となる書類が多数保管されている筈だ、とフォン・ヴァイゼンは考えたが


「もう一度侵入するのはヤバい、と俺の勘が警報を鳴らしてます。この手の勘には従った方が、経験上正しい事が多い」


とエーレンベルクに拒否されてしまう。


「…無理か?」


「侵入は無理ではありませんが、生還を期待できそうにありません」


「そうか。…今回の一件では苦労しただろう。5日間の休暇を付与するので、英気を養ってもらいたい…ん、どうした?窓の外なんか眺めて」


「いやあ、局長から労わりの言葉を頂けるなんて、これは象か豚が空を飛んでいるのではないかと思いまして」


「随分と酷い言われようだな」


「忌憚無く意見の交換が出来るのは、局長だけですから」


「やれやれ、これは忌憚無い、とは言わないぞ」


「他に何も無ければ、退出しますが…」


「うむ、再度言う。今回の精勤、大変素晴らしい成果を挙げくれた。感謝する。次の異動を楽しみにしていてくれ」


「その言葉を信じて待ってますよ、局長」


そう言ってから一礼して、エーレンベルクは局長室を立ち去った。




後日



マルメディア 首都ノイスブルク 外務省 小会議室



「侯爵閣下におかれましては、ますますご清栄のことと拝察いたします」


青色の聖職者服ではなく、色褪せた黒の修道院服を着用したウエストウッド枢機卿が外相ツー・シェーンハウゼンへ、そう挨拶をした。


「こちらに控えるのは、聖座財産管理局局長のバザン枢機卿でございます」


「ルネ・バザンと申します。


やはり黒の修道院服を着用さたバザンが、そう名乗った。


「聖教会の枢機卿お二人が会談を申し込んでくるとは、珍しいこともあるものですな」


外相ツー・シェーンハウゼンが、物珍しそうな口調で返した。


「法相アインホルンと検事総長のフェーゼンマイヤーも同席いたします。御了承願いたい。さて、時候の挨拶に参られた訳でもないでしょう。ご用件を伺いましょうか」


「…マルメディアが聖教会所有の不動産に対して恫喝スラップ訴訟を多数起こしました。これまで聖教会とマルメディアは友好関係を築いていたものだと思っておりましたが、貴国の急な方針変更に我々も戸惑っております」


バザンが会談を求めた理由を説明する。


「いかなる理由で、恫喝訴訟や『信徒の為の銀行』への急な査察が行われたのか、その点についての説明をして頂きたいのです」


「…なるほど。では、こちらをご覧ください」


そう言ってツー・シェーンハウゼンが、書類を枢機卿2名に渡した。


書類は、聖教会が公開していりオットー3世の寄進状が偽造された物であることを示唆している。


「内容を精読すれば、賢明なご両名なら理解されると思うが」


書類を渡された2名の枢機卿は、内容を素早く確認する。


「……つまり、そういう事でしたか」


さすがに顔色を変えたウエストウッドが、絞り出すように言う。


バザンの方は、書類を手にしたまま固まっている。


「我が国の国有地を無断で占拠するのは、重大な主権侵害に当たりますな」


アインホルンが説明を加えた。


「マルメディアの民法上の時効は10年ですから、過去10年間の国有地無断使用について、我が国は聖教会へ使用料の請求が可能です」


「現在の聖教会には過失はありませんが、責任はあると検察では判断しております。無過失責任ですな」


フェーゼンマイヤーが枢機卿2名に伝えた。


「後は司法の判断次第ですが。この事実を公表すると、聖教会史上最大の醜聞スキャンダルになると思われますが…」


「この案件については、私共2名の立場では即答しかねます。教皇庁へ持ち帰って改めて回答差し上げたいのですが、御了承頂けないでしょうか?」


ウエストウッドが回答の保留を申し出た。


「よろしいでしょう。いつまでに回答を頂けるのですか?」


ツー・シェーンハウゼンは、言質を取ろうとする。


「…1週間いや、5日以内に必ず」


「では、聖教会からの回答をお待ちいたします」


ツー・シェーンハウゼンはウエストウッドの返事に対し、満足気な表情でそのように伝えた。


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