第151話 対聖教会③
マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室
「パドヴァ大司教、御入室」
侍従の声が上がった。
執務室の扉が開かれると、緋色の大司教服を着用したパドヴァ大司教メルツァリオが執務室へと入って来る。
——今上猊下アルミニウス6世のお気に入りで、聖教会の内外で傲慢な態度を取っていると評判のパドヴァ大司教か———
さて、その傲慢な相手に一撃加えるとしますか…
侍従に車椅子を押してもらい、巨大な執務机に戻っていたが、車椅子に座ったまま立ち上がらずにパドヴァ大司教を迎え入れた。
「陛下、先程ですが、廊下ですれ違った女性が酷く邪な眼をしておりましたぞ」
初対面だが挨拶抜きで、メルツァリオがいきなり話しかけてきた。
右横を見ると、摂政フランツ公が『コイツは駄目だ』と言わんばかりの不機嫌そうな顔をしている。
「邪眼?…ああ、
「左様左様」
嫌悪感剥き出しで、メルツァリオは語り出した。
「あの眼はマルメディアへ災いをもたらす邪眼です。遠ざけておくのがよろしいかと存じます」
「ふうむ、邪眼か…大司教、貴重な助言に感謝する。下がってよいぞ」
「パドヴァ大司教、御退室」
「お待ち下さい!私は、『信徒の為の銀行』の件に「お引き取り願おうか、大司教。君が邪眼と誹謗したのは、とある国の王族の姫君だ。我が国の王族との婚姻を考えている、言わば『身内』なのだ。我が王族に対し科学的根拠のない中傷を行なったことは、断じて許されるものではない。君とは話し合いに応ずる事は出来ない。それだけだ」…っ、お願いいたします!何卒、何卒、聖教会を代表している私との話し合いを…」
「誰か、この不敬な者を摘み出せ」
フォン・エーベルシュタインがそのように命じると、執務室前にいた警護の者2名がメルツァリオを取り押さえ、引き摺るようにして執務室の外へ運び出した。
「…あの程度が使者とは、マルメディアも舐められたものだ。いや、それとも、聖教会に人はいないのか?」
「現教皇の取り巻きには、人物がいない、と言うことでしょう」
溜め息混じりにフォン・エーベルシュタインが漏らした。
「しかし、撒いた餌への食い付きが良過ぎるのも、何かこう、張り合いがありませんな」
態々、廊下ですれ違うようにして、アドリアーナの虹彩認証症を見せたのだが、そのアドリアーナ公を『餌』呼ばわりだから、フランツ公の底意地の悪さも中々のモノだ。
「侍従長、次のこちらからの一手だが…」
「まず、教皇庁の在マルメディア大使館へ抗議ですか。同時にこちらの在ニアルカス大使館から教皇庁の…国務省か、外務局へ抗議。後は、ヴァレーゼ政府と王室へ情報が伝わるように在ヴァレーゼ大使館へ連絡して、フランチェスコ7世への拝謁を要請。そして大使とヴァレーゼ外相との会談と、こんな所ですか」
マルメディア在ニアルカス大使館、とは言っても、大使館の規模は領事館並みである。
格的に聖教会が折衝相手となるのに、こちらは領事が代表で良いのか?と各方面から声が上がり、ニアルカス領事館を大使館へ格上げし、特命全権大使を任命した経緯がある。
つまり、実質的にはニアルカス大使館大使は名誉職である為、今回の場合、しっかりと働いてくれるかどうか…
「今のニアルカス大使、一体誰が拝命している?」
「…従兄弟のラインハルトです、陛下」
「いかんな、失念していたか」
———ラインハルト公なら、こちらの意図を読み違えて勝手な行動を取ることもあるまい———
さあて、聖教会がどう動くかを見定めてから、こちらも動くとするか。
◆
ニアルカス 聖教会 教皇庁国務省内の一室
「一体誰がパドヴァの馬鹿者をノイスブルクへ派遣したのだ?しかも国務省の許可無しでだぞ」
「教皇聖下御本人でしょうな。とにかく、周囲に人物がいない。
「周囲の増長もそうだが、最近の教皇聖下の増長もかなり酷い。ご自身を神と勘違いされているようだ」
「『神』ではなく、『地上での神の代理人』にすぎないのだが」
「
「…我々の預かり知らぬところで、聖下がマルメディアを刺激する『何か』をやらかしたのかもしれぬ」
「あり得るな。そうだからこそ、外務局を飛び越えて、勝手に大司教を使者にして派遣したりするのであろう」
「在マルメディア大使のグリーンを『一介の司祭』という理由だけで会談を拒否した以上、財務評議会の議長辺りの枢機卿が使者にならねば、マルメディアは話すら聞いてくれないだろうに…」
「聖座財産管理局からも人を出した方が良いかもしれぬ」
「…理由は?」
「マルメディア法務省と総務省から、
「…聖下が今度こそ使者の人選を誤らぬよう、主に祈りを捧げよう」
祈りの言葉が方々から上がり、やがて青色の枢機卿聖職者服を纏った一団が椅子から立ち上がり、その部屋を出て行った。
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