第150話 対聖教会②
マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室
「アドルフォ公爵令嬢アドリアーナ公、御入室」
侍従の声の直後に執務室の扉が開いて、アドリアーナが入室してきた。
執務卓の手前まで進んできて、右足を左足の内側へ引いて、背筋を伸ばしたまま軽く右膝を曲げる
それは美しい所作だった。
「陛下の
「そう、かしこまらなくとも結構。本来なら正式な謁見の場である正殿での対面の儀を設けて国賓扱いで応対したかったのだが、義父上から『
執務室にある応接用長椅子に座るよう促しながら、そのように言った。
正式な場ではないが、執務室内には侍従長フォン・エーベルシュタイン、摂政フランツ公、ヴィルヘルム公に加えて数名の侍従が立ち会っている。
「まだ挨拶がお済みでない方がいらっしゃるのですが…」
「ああ、別に構わないよ。私は侍従長フォン・エーベルシュタイン。こちらは摂政フランツ公、そしてフランツ公嫡男のヴィルヘルム公だ」
「皆様方に、初めて御意を得ます」
そう言うと、アドリアーナは普通に深く腰を折ってお辞儀をした。
「さて、座っても良いかな?」
返答を待たずに車椅子へ腰を下ろすと、皆、後から続いた。
それにしても、アドリアーナの虹彩異常症《オッドアイ》は、かなり目立つ。
右目が青で、左目が白に近い
顔立ちが綺麗なだけに…いや、超絶美人なだけに、見た人は『えっ?!』と表情に出てしまうのだろう。
その驚愕の表情を見て、幾度となくアドリアーナの内面は傷ついてきたのだろう…
———…これほどまでに極端な虹彩異常症は、初めて見るな———
とりあえずオッドアイの話題をとりあえず避けて、当たり障りの無い所から話をするか。
侍従に来る前椅子を押してもらい、執務机から応接用の椅子がある場所へ向かいながら
「今回の訪問について、義父上は何か仰ってましたか?」
と尋ねてみる。
車椅子姿に少々驚いたのか、一瞬の間を置いてから
「従兄叔父フランチェスコは、『非公式の訪問だが、マルメディア王族の方々にはヴァレーゼとの友好の為に骨を折って頂き、感謝しかない、と伝えてくれ』と言われました」
とアドリアーナは返した。
———本音か、王従姪を利用した撹乱か、判断に苦しむな———
「まあ、さしたる骨折りではないのですがね」
と言ったのはフランツ公。
「こちらこそ、アドリアーナ公の態々の来訪に痛み入る次第です」
「…陛下、お答え難いことかもしれませんが、体調は芳しくないのですか?」
「ああ、車椅子ですか。最近、足元に問題を抱えていましてね。転ばぬ先の杖、ですよ。それ以外は、至って普通ですがね」
自嘲気味に伝えたが、それは事実だ。
———義父上に伝わるが、問題ないのか?———
構いません。こちらにはヴァレーゼに隠す様な事が無い。それが伝わるなら十分です。
「お気を悪くなさらないで頂きたいのですが、従兄叔父上が、『曲がりなりにも、北大陸中央での一時的な平和は、ハインリッヒがいるから実現出来ている。彼奴が倒れたら、一気に動乱が起こる。ヴァレーゼも否応無しに、動乱に巻き込まれるのは必至だ。何としても、ハインリッヒに健康でいてもらわないとならない』と…」
「ほぉ、お世辞と分かっていても、悪い気はしませんね」
笑いながら、そう返す。
「『万が一の際、王弟のフリードリヒが即位したら、マルメディアは保たないだろう』とも」
———分析は、なかなか正確だな———
いやはや、フリードリヒは、そう見られているのか。
「いやいや、マルメディアは、優秀な官僚群と勤勉な国民。それを統べる政府…特に、宰相レーマン、外相ツー・シェーンハウゼンと、そこにいる侍従長フォン・エーベルシュタインで保っているのですよ。国王など、単なる飾りにすぎません」
「陛下、国家機密を簡単に打ち明けるとは、いけませんなぁ」
フランツ公が冗談めかして言ったが、フォン・エーベルシュタインは撫然とした表情をしている。
「ま、戯言ですがね。侍従長、本気にされても私が困るよ」
「御意」
フォン・エーベルシュタインは、感情を押し殺したような表情をしている。
「…後程、懇親の席を設けてあるので、再度そちらで色々と話し合いは出来ると思います。よろしいでしょうか?」
フランツ公の問いかけに
「そのような席をわざわざ設けて頂き、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「アドリアーナ公、御退室」
そう告げる侍従の声で、アドリアーナは国王執務室を退室して行った。
「さて、いよいよ本番だな」
「聖教会側が餌に食いついてくれると、後々楽になるのですがね」
フォン・エーベルシュタインと他愛もない会話をしていたが
「パドヴァ大司教、御入室」
の声が国王執務室内に上がった。
さて、戦闘開始だ。
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