第149話  対聖教会①

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 第一会議室



「それで、聖教会には軍事力はあるのかね?」


「聖セルウィウス聖堂の衛兵、これが1個中隊規模です。武装も小銃が主体の小火器しかありません。戦力としては、ほぼ無視して良いかと。ただ、ニアルカス市中での戦闘となると、いささか厄介ですが」


陸軍大臣フォン・クライストが、そのように答えた。


「まぁ、我が軍が一当てすれば霧散するでしょうが、聖教会の衛兵はオクシタニアの傭兵が中心ですから、この辺りが問題となります」


「…オクシタニアを刺激するか。戦闘は避けたいが、こればかりは聖教会の出方次第になるな」


頭が痛い。


宗教勢力を相手すると、碌なことは無い。厄介だ。


織田信長の比叡山焼き討ちのように、聖教会へ軍事行動を起こすべきか、ヘンリー8世がローマと袂を分かったように、マルメディア国内の聖教会を分離…いかん!聖教会の総本山はマルメディアにある。上手くいく筈がない。


———そもそもが聖歴1230年…今から約500年前にマルメディア王国と聖教会が合意した協定『聖俗分離令』に従えば、聖教会が内々でレヴィニアを支援するのが協定違反だ———


その協定通りならお互いに、マルメディア王国は聖界には干渉しないし、聖教会は俗界の政治には干渉しない、ということになっていた筈ですね。


公にレヴィニアが発行した国債を聖教会が購入するのであれば、これは問題無い。


マルメディアも、聖教に長期国債を購入してもらい、金利を支払っている。


だが、秘密裡にレヴィニアへ金融支援…貸付なのか、私債なのか、それとも金銭供与なのか…を行なっていることが問題だ、


「今回の調査で、クァルトゥス商会コーポレーションの名称で、ニアルカス市内の旅館ホテル宾館ビジネスホテルを15棟ほど、聖教会は所有していることが判明しました」


大蔵大臣フォン・ライニンゲンが説明した。


「その内の7棟が、国有地に無許可で建設されておりました。不法占有ですが、およそ200年ほど前に、国有地であった空き地を『無主地だから』と勝手に判断して、それから数度の改新築を経て現在に至っております」


代々の不動産引き継ぎだから現在の聖教会には過失は無いが、不法占有している土地の不動産から利益を得ている以上、無過失責任と言うやつで聖教会にはキッチリ落とし前を払ってもらうしかない。


ちなみに、この旅館群は聖教会総本山への巡礼者用宿泊施設として建設されている。当然、常に予約で満室状態で、相当な利益を計上し、それを聖教会へもたらしている。


ただ、その『おこぼれ』…マルメディアが正式に国有地を払い下げて、そこへ巡礼者用の宿泊施設を建設して、利益を挙げているマルメディアの民間企業もあるので、あまり強硬に出られない面もあって、悩ましい所だ。


「この『水道の蛇口』を閉めて、ちょっとした警告を発するつもりですが、さて、聖教会側は理解してくれるのでしょうか?」


フォン・ライニンゲンが疑問を投げかける。


「蔵相。聖教会も、馬鹿の集団ではあるまい。我々の警告に気付いた後で、どのような動きを見せるかが問題なのだが…」


「まぁ、常識的には教皇庁の在マルメディア大使が参内して、遺憾の意を陛下へお伝えするところからですか。大使は陛下と直に話し合いをしたい、とは思いますが、あえて下級の役職者に対応させて、向こうを苛つかせてやりましょう」


外務大臣ツール・シェーンハウゼンが意見を出した。


———嫌がらせか———


いやいや、陛下と会談したいのなら、枢機卿か教皇を連れて来いという意思表示です。


「いいな、それは。その手で教皇側近の枢機卿か教皇本人を引っ張り出して、逆にこちらから詰問してやるとするか」


軽い気持ちで、そう言ってみたのだが…


「陛下、あまり聖教会を挑発すると、ヴィルヘルム公とアドリアーナ公の華燭の典の際に、聖教会側から『神父を派遣しない』などと言われかねません。そうなると、婚姻は不成立になります。過度の挑発は、対聖教会問題を悪化させる恐れがあります」


宰相レーマンに、そう窘められた。


「…そうだな、宰相の言う通りだ。では、どの程度まで、いや、どのような対応を取るのが正解に近いだろうか?」


「大使のグリーンは一介の司祭の身でありながら在マルメディア大使に抜擢されています。相当に優秀な人物なのでしょう。ですが、大使とは言え司祭なわけですから、聖教会と折衝するなら司祭相手では話し合いにならない。教皇の側近か財務に明るい枢機卿、あるいは教皇本人としか会談には応じられない、でよろしいのでは?」


侍従長フォン・エーベルシュタインが述べた。


会議に参加している閣僚多数が、同意を示す頷きをしている。


———「無難だが、それで行くか」———


えっ?


また陛下ご自身の言葉ですか?


———…ああ、そうなるかな———


「それで、教皇、枢機卿が会談に応じたとして、聖教会が不法取得した土地について、どの辺を落とし所にする予定なのでしょうか?国有地を管理する総務省は、クァルトゥス商会、オルデンブリュッケン土地信託を相手の訴訟を起こし、準備書面は既に地裁に受理されておりますが…」


総務大臣ラーデマッハが、そのような発言をした。


スラップ訴訟を起こしているだけに、印紙代も馬鹿にならない金額が計上されている。


「……参ったな、それは。訴訟を取り下げると会計監査院から色々と言われそうだが」


「マルメディアは人治国家ではなく法治国家ですから、あくまでも法に従い裁判の準備は粛々と進めて行きましょう。ただ、問題の落とし所は合法的なものでなければなりません。そうでないならば、私は法相を辞任するしかなくなる」


法相アインホルンが、そのように語る。


「法相、その、仮に法を逸脱するような落とし所になってしまった場合、国家運営上必要な超法規的措置と見做すことはどうだろうか?」


「うう〜ん……超法規的措置、ですか。法も万能ではありません。問題は、その判断を鑑みて社会通念上どうなのか、という事になりますが」


———「社会通念を逸脱しなければ、問題無いのだな?」———


…………


「御意」


———「大丈夫だ。聖教会との交渉には、宰相、外相にも加わってもらう予定だ」———


………


「ならば安心できます」


アインホルンは安堵の溜め息を混ぜつつ、そのように言葉を漏らした。



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