第142話 解消③
———左右で瞳の色が異なるのを不吉だと、忌み嫌う王族や貴族は多いのだよ———
この世界は何なのだ?
人を外見だけで判断するのか?
オッドアイが不吉だと?
馬鹿げている!
…まさか、フランチェスコ7世も、そんな価値観なのか?
「本人が痛く気に病んでおるけぇ、嫁入り話を全部断っちょるんよ」
「義父上は虹彩異色症について、どのようにお考えですか?不吉ですか?」
「…わしゃあの、人の外見をどうこう言える
こんな時でも冗談混じりに会話をする、フランチェスコ7世。
「そがあに不吉じゃったら、神様が虹彩異色症を作られて、人間へお与えになる筈はないんじゃがのぅ」
そうだろうな。
「…どうでしょう、一度アドリアーナ公にマルメディアを訪問して頂いて、ヴィルヘルムと顔合わせを行えないでしょうか?」
「それは願ったり叶ったりよ。ただ、アドリアーナがマルメディアへ来る事に首を縦に振るかどうかは、ワシにも分からんけえ、確約は出来んのぅ…」
たしかに、訪問を嫌がっている人間、それも王族の一員をヴァレーゼからマルメディアまで引き摺って連れて来る訳にもいかないしな。
「では、取り敢えず、顔合わせを実施する方向で日程を調整しましょう。こちら側もヴィルヘルムがどう動くかは、確約出来ませんし」
見切り発車も見切り発車だが、藁でも何でも掴んで浮力を得て、ヴァレーゼ王族との繋がりを維持して友好関係を継続するしかない。
「うむ、ほうじゃの。何とか上手く行くとええんじゃがの」
上手く行ったら、ヴァレーゼ王室との縁が切れずに済む。
私は基本的に僥倖は頼みにしない方だが、今回だけはイワシの頭だろうと高価な壺だろうと信じて、成果が挙がるよう祈るしかない。
哲人帝マルクス・アウレリウスなら「理性以外を頼るなよ」と言いそうだが、なり振り構ってはいられない状況だ。
———王族総出で、ウィリーにアドリアーナ公との婚約を認めさせねばなるまい…———
…王族って難儀ですね。
———もう少しだけ『私』の部分で融通が効くと良いのだが、基本は『無私』だからな———
マルメディア 首都ノイスブルク 外務省別館 外務省第五局
「おお、救いの神が現れたか」
第五局局長フォン・ヴァイゼンはそう言って、局長室へ一人の男を迎え入れた。
在カルシュタイン マルメディア大使館勤務の外交官補エーレンベルクだ。
「局長は救われても、私は何一つとして救われませんがね。
「殺戮の復讐神作戦についてだが、無期限延期となった」
「…何が起こりました?」
フォン・ヴァイゼンは、この数日間話し合われた対聖教会政策をエーレンベルクに説明した。
「ふ〜ん、書類の偽造は第五局の専売かと思ってましたが、やれやれ、聖職者の方々もでしたか。これには神様も苦笑い…いや大笑いされてますか」
「それはともかく、人手が不足している。調査しなければならない書類は膨大な量だ。何としても聖教会の悪辣さを世間に訴えなければならない」
「はぁ、ですが要点を絞って調査をしなければ、労力を無駄に使っている事になります」
「君なら、どの辺りに傾注して調査をする?」
「そりゃあ、今使っている人員を全員、大蔵省の銀行局検査部付けにして、堂々と正面から『
「…お前、聖教会以上に悪辣だな」
「私を仕込んだのは、局長ですよ。これでニアルカス銀行がレヴィニアへ内々で金融支援しているかどうか判明しますし、上手く行けば違法な土地収得の案件も出てくるでしょう。まぁ、あちらもヤバい橋を渡っているのは分かっている筈だから、表向きの書類は綺麗にしてあるでしょうがね」
そのように平然と
「蔵相のフォン・ライニンゲンに連絡だな。やはり呼んで正解だったか。だが、急に金融検査が入ると聖教会が不審…あと二、三の銀行も検査対象にしておくか」
「それで、私めの仕事は?」
「銀行局検査部部員だ。数日間だけの出向になるが、外務省第五局の身分で聖教会へ出掛けるのは、さすがに拙いからな」
「了解しました。差し当たり必要な物は?」
「聖教会の不正な書類に反応する、敏感な嗅覚だな」
「私はマルメディアに飼われている獰猛な番犬です。存分に持てる力を発kショイ!…局長、また誰かが俺のことを褒めているようです」
「ん、そうか?その位の不屈の精神で、ニアルカス銀行の金融調査をやり遂げてもらいたい。何とか尻尾の先の毛くらいは触りたいのだが、簡単にはいかないだろうな」
局長が忌々しげに言う。
まぁ、俺は平常通りに、出来ることをやり遂げるだけだ。
エーレンベルクはそう思いながら挨拶をして、局長室を立ち去った。
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