第140話  解消①

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室


昨日開催された緊急の戦略会議に参加できなかった外相ツー・シェーンハウゼンが午前中の早い時間に参内し、対聖教会の対策を詰めた。


「…聖教会はマルメディアの最終手段として『聖戦』の布告が出来ます。これは可能なら避けたい」


ツー・シェーンハウゼンが言った。


「同じ聖教信徒国家に対して、聖戦布告は出来ないのでは?」


疑問をぶつけてみる。


「陛下が『破門』または『異端認定』された場合、その前提は通用しなくなります」


あー、フランス王がテンプル騎士団にやった、アレか。


「マルメディア王室では王族の一員となる際に、神を冒涜する儀式を行っている、とかかな?」


「まさに!その結果、王妃ソフィア公は良心の呵責に苛まれ、心を病んでしまった等と中傷され、破門される可能性があります」


聖教会がやりそうな事だと、外相は言う。


「…ソフィア問題なのかどうか、3日後に義父上(ヴァレーゼ国王)が来訪予定だ。どうしたものやら」


「問題は『信徒の為の銀行』ニアルカス銀行が内々で行っていると思われるレヴィニアへの融資を止めるかどうか、です。止められない場合の聖教会への対抗策も重要ですが、ソフィア公の問題は破門に繋がりますから、この辺で綺麗に片付けておかなくては」


———…ソフィアあれも、もう少し利口な人間だと思って、月日を置けば何とかなる、と放置していた私の責任だな———


陛下が自嘲した。


「早目に離婚を発表するしかあるまい」


「ソフィア公の方は、まぁ向こう側有責ですから特に問題はないのですが、フリードリヒ公の…」


「クリスティーネ殿下か。また何か問題を起こしたか?」


マルメディアこちらから女官2名をレヴィニアへ送り込んで、将来の王太子妃へ教育を行っているところだが…


「フォン・グッテンベルク子爵から、『教育の成果を見込むのは、極めて困難である。そもそものクリスティーネ殿下の素養に問題がある』と報告書が上がってきました」


ギブアップしたか。





数日前


レヴィニア 首都シロンスカ ザブジェ宮 彩の間




「殿下、日曜に市場へお出ましされた様ですね」


王太子宮女官長フォン・グッテンベルクが、そうクリスティーネ殿下へ尋ねた。


「ええ。我が国国民の日々の暮らしぶりを見学して参りました」


「それはようございました」


「魚市場で、『2ヶ月前よりも市場での魚の値段が3割高くなっている。何とかしてほしい』と陳情を受けましたので、水産大臣へ価格高騰への対策を命じました」


そう、得意気に話すクリスティーネ。


それを聞いて、フォン・グッテンベルクは深い溜め息をついた。


「殿下。また一つ、善行を施した等とお考えなのでしょうが、それを止めなさいと何度も何度も説明した筈です」


「困っている人の訴えを聞いて、何か手配することの何処がいけないのですか!」


「ではお尋ねいたします。来週の日曜日、再度魚市場へ行って、漁業関係者から『魚全般の価格が急落して収入減で生活が苦しい』と陳情を受けたら、一体どうなさるおつもりですか?」


「そっそれは…」


口籠もるクリスティーネ。


「よろしいですか。そもそも、2ヶ月前の価格が不当に安かった場合もあり得るのですよ。やっと平常の価格に戻ったら、あなたの一声で、また不当に安い価格で取り引きされることになるのです。この場合、どのように責任を取るおつもりですか?」


「私はただ…」


「以前にも説明しましたが、王族が一旦口にした言葉は、取り消すことが出来ないのです。それ故、軽々しく言葉を発してはならない」


「では、どうすれば良いのです?困窮を訴える国民を無視しろと?」


「無視してはいません。話を聞いているではありませんか」


「そんな!」


「人間は困窮している現状を訴え、誰かに愚痴を話したり聞いてもらえるだけでも、救われる部分があるのです。それをおやりなさい。『皆の暮らしぶりが良くなるよう、祈っております』と言っておけばよろしい」


「それでは問題は解決しません!」


「貧困問題を解決するのは、殿下ですか?政治家ですか?」


「……」


「答えることが出来ませんか?まぁ、よろしいでしょう。私からは以上です」


そう言って、フォン・グッテンベルクは座学に使っている彩の間を立ち去った。



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞




———…どうしようもないな———


「婚約解消をマルメディアから切り出すと、また色々と問題になるな」


「レヴィニアから『婚約解消の慰謝料を払え』と言ってきそうですが、それよりもヴァレーゼとはソフィア公の件で婚姻関係解消ですから、国境の東と南が一気に不安定になります」


ツー・シェーンハウゼンが淡々と語る。


「外相、他人事みたく楽しそうに語ってくれて、私も嬉しいよ」


「とんでもない!」


慌てて否定する。


シェーンハウゼン=ブックスバウム協定不戦条約の手前、マルメディアから開戦するのは下策だし、参ったね」


.「まぁ逆にレヴィニアも、西に我が国、南西部にヴァレーゼ、東にナルインを抱えてますし、苦境は似たようなものです」


「…第五局の知恵者は、何か言ってなかったのかね?」


第五局の知恵者とは、外務省第五局マルメディア情報部局長フォン・ヴァイゼンの事だ。


「聖教会の登記書関係の調査で全く余裕がない、と言ってましたね」


ううむ…大元は聖教会がレヴィニアを裏で支援している事だ。


こいつを止めさえすれば、少しは事態もマシになる筈だ。








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