第139話 戦略会議④
マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 第二会議室
「各位、お手元の資料は読んで頂いたことを前提として、議事進行いたしす」
侍従長フォン・エーベルシュタインが、そのように発言した。
内容は、十数枚の写真と寄進状の調査員が提出した報告書の抜粋だ。
孔版印刷だが、コピー機が存在しない世界なので、秘書侍従総出で用意した資料だ。
『コピー40部、よろしく』なんてことが出来たら、もう少し楽になるのだが…
「皆、非常の呼集にも関わらず、万難廃してこの場に集ってくれたことに対し、国王として感謝の意を表したい。聖教会対策いや、対聖教会戦争への意見がある者は、発言許可を得る必要はない。速やかに意見を述べたまえ」
「これが事実ならば、我が国へ対する重大な主権侵害です。しかし、戦争となると、これだけでは開戦理由としては弱過ぎます」
陸相不在で代理出席している参謀本部総長フォン・クリューガーが言った。
「理由が弱いか、他に意見は?」
「寄進状の偽造ですが、とうの昔に時効が成立しております。被疑者も死亡してますし、この書類のみを取り上げて非難するのではなく、聖教会が現在も不法に占有している土地、ここから斬り込むべきではないでしょうか」
法務省事務次官ハイダーが意見を述べた。
「不法占有を何年いや、この場合は千数百年ですが、続けたとしても、占有者に所有権が移動することはありません。直ちに、不法占有している土地からの退去と、え〜、現状復帰ですな、を求めるのが上策では?」
「現在も土地の所有権がマルメディア王国にあるかどうか、登記関係の書類を精査する必要があるな。法務事務次官、省内で調査するように」
フォン・エーベルシュタインが言う。
「会議終了後、速やかに実施いたします」
「この新たに発見された寄進状の控えには『聖教会がマルメディアに敵対行動を取った場合、マルメディアは3ヶ月前事前通告で、ニアルカスからの退去を要求できる』とあります。この敵対行動の内容については、控えでは触れておりません」
宰相レーマンの発言だ。
「マルメディア側の解釈で敵対行動を定義できるのは楽ですが、国際世論や国民感情がどう動くか…」
「つまり、聖教会側が悪虐の組織であれば良いわけだな」
ほとんどの国民が聖教会信徒のマルメディアで、聖教会相手に事を構えるにはプラスアルファが必要か。
「土地の寄進は、これだけではありません。他の寄進でも、似たような寄進状偽造や数字の捏造を行っている可能性があるのでは?」
外務事務次官シュリーマンが意見を述べた。
そうだろうな。
書類偽造までする連中だ。
唯の一回の筈はない。
同時代の寄進関係の書類を精査する必要があるな。
…まさか現代でも行っているのか?
これは調査対象は膨大な量になるな。
個人が行った寄進状の古資料は聖教会が保管しているだろうが、調査閲覧は可能だろうか?
いや、法務省の登記部門に何か記録はないだろうか?
「言われてみると、その通り…待て待て、我が国だけの話ではないだろう。聖教会は他国でもこの手の行為で、不当な利益を得ていたのではないか?」
「ううむ、調査には膨大な時間と人員が必要になるな」
レーマンが呻いた。
「まず、寄進状の閲覧が可能かどうか。これが問題になるが、我が国が一斉に寄進状の調査を始めると相手に勘付かれるな」
「治安警察本部長、何か妙案はないだろうか?」
レーマンから話を振られた治安警察本部長シュレックが、口を濁しながら応える。
「…聖教会の今のあり様に疑念を抱いている僧侶は、相当数存在します。中には我々の協力者もおりますが、まずはそれら寄進状の保管場所を特定しなければ先へは進めないでしょう。長期戦を覚悟しなければなりません」
「そもそも、その大元の寄進状は残っているのだろうか?表に出せないような書状を破棄せず保管しているとも考え難いが」
フォン・エーベルシュタインが疑念を口にする。
「ですが、調査を極秘裏に進めなければ先へ進めません。出来るところから始めていかなくては」
ハイダーが言った。
そうだな、とりあえず身近なノイスブルク近郊の聖教会所有地から調査を始めるか。
「寄進状の調査の件については、本日はここまでとしたい。今後、我が国が聖教会に対して取り得る政策についてだが…」
「いきなり強硬策を打ち出しては、聖教会側に不信感を持たれます。これまで通りに友好を装うしかありますまい」
そのようにシュリーマンが言った。
「聖教会は、我が国の公債を膨大な金額購入しています。刺激するのは、財政の面からすると得策ではありません」
フォン・ライニンゲンが蔵相の立場から、そう発言した。
「聖教会の『信徒の為の銀行』、いわゆるニアルカス銀行が所有している我が国の国債を市場で一気に売却されたら国債価格の暴落を起こし、我が国は倒れてしまいます」
ふむぅ、どうにも身動きが取れないな。
「
溜め息混じりに漏らすと、同意の声が多数上がった。
教皇庁の大使を呼びつけて折檻する予定が、ご機嫌伺いする羽目になるとは、全く上手くいかないものだ。
———こちらにだけ有利に物事が進むはずは無いだろう。悪手や疑問手を打たないよう細心の注意を払いながら、何とか切り抜けて行くしかあるまい———
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