第138話 戦略会議③
マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 国王執務室
聖教会の裏切りとも言えるレヴィニア支援を、さあてどうしたものか、と考えていた。
そもそも、前世のバチカンのようにマルメディアと言う国家内に独立政権が存在していて、司法権まで保有しているのは、これはどうかと思うのだが…
陛下、いかなる経緯で、聖教会はニアルカス一帯を支配する権利を有するに至ったのですか?
———今から1300年昔、時の古マーレンジア…面倒だな、古マルメディアで統一するか。国王オットー3世が重篤な病気に罹り、快癒の為の祈りをノイスブルク大司教が行ったところ、何という霊験かオットー3世は回復。感激したオットー3世は、二アーク…今のニアルカスだが、中心地を定め、そこから直径1リーグ(4km)の地域を聖教会へ寄進した———
また随分と土地が少ないですな。
———オットー3世吝嗇王の異名がある人だからな。そんなものだろう———
…寄進状か、まさかコンスタンティヌスの寄進状みたいに偽書じゃないだろうな。
———聖教会には寄進状の原本もあるし、まさか…———
寄進状を渡したら、聖教会から『寄進状、確かに受け取りました』の書類が発行される筈ですが、それはどうなっているのですか?
———え〜、それは考えたこともなかったな———
現代の契約や条約提携と同じです。相手と同じ書類を保管していなかったのですな?
———…調査が必要だな———
とりあえず、言語学者と歴史学者を動員して、王立古文書館と王立公文書館を徹底的に調査すべきです。
———そうだな、そうしよう。手配をお願いしたい———
御意。
◆
5日後
「陛下、寄進状の調査結果が出ました。報告に来た調査員を入室させても、よろしいでしょうか?」
侍従長フォン・エーベルシュタインが、そのように述べた。
「うむ」
さて、どんな結果が出たことやら…
フォン・エーベルシュタインに促されて、2名が国王執務室へ入室してくる。
「初めて御意を得ます。ノイスブルク大学歴史学教授のシーファーと申します」
「古言語学教授、ネッカーです」
「短期間で成果を挙げてくれた諸君の精勤に対し、感謝する」
調査結果を直ちに知りたいが、身も蓋もなく結論を言え、では国王として失格だろう。
「それでは、調査の結果について伺おうか」
「承りました。聖教会に保管されている羊皮紙の寄進状は、偽書の可能性が極めて高いものです」
「…そのような判断に至った理由は?」
「第一に、この時代は紙の普及が進んで、文字や数字を削り取って簡単に内容を書き換え可能な羊皮紙を重要な書類で使用することはありません」
シーファーが述べた。
「他には?」
「オットー3世は、かなりせっかちというか、書類に署名する際には二重姓の『オットー・ニコラウス・カール・フォン・マルメディア・ウント・フォン・カリンハル』の名前を記入しないで、『オットー・フォン・マルメディア』とだけ記入するのが常です。更に、癖なのか、玉璽は自らの署名の先頭に押すのも常です。羊皮紙の署名は二重姓表記で、玉璽は名前の後に押されています」
やっぱり偽書か!
宗教家は碌なことをしないな。
マルクスは、宗教は人類にとって害悪である、と喝破した。
私は共産主義者ではないが、この点ではマルクスと意見が一致している。
「古文書館で、寄進状の控えが発見されました。内容は、聖教会の原本とは異なり、寄進と言う表現よりは無料貸借契約に近いものでした」
「内容の詳細は、私にも理解出来るものだろか?」
「…マルメディアで発見された控えには、聖教会がマルメディアへ敵対行為を取った場合、3ヶ月前の通告で聖教会をニアルカスから退去させることが出来る、とあります」
よし、聖教会には出て行ってもらおうか。
「他には?」
聖教会の羊皮紙の文面には、当時は使われていない文法がありました。明らかにおかしい」
ネッカーが補足する。
「後世に於いて、勿体ぶった羊皮紙を使用し、当時は使われていない文法で書面が書かれています。しかも、オットー3世の署名が明らかに本人が記入したものではない。筆跡が異なっております」
———オットー3世の寄進状が偽書だったとはな。歴史の教科書に修正が必要だ———
「うむ、短期間での調査は大変な困難を伴ったことであろう。必ず報いる故、待っていてもらいたい」
「…陛下、発言してもよろしいでしょうか?」
シーファーが言った。
「発言を許可する」
「新たに発見された寄進状には、聖教会がニアルカスで受け取る…厳密には無料貸借できる土地は、直径0.5リーグ(2km)とあります。現在、聖教会が実行支配する領域は、直径1リーグ(4km)ほどあります。無主地と見たのか、寄進状を書き換え…ま、偽書なのですが、勝手に領域を拡張させております」
腐れ坊主ども、どうしてくれようか!
———酷い話だ。こちらが声を荒げないと、理解でき…いや、マルメディアの存在を無視して振る舞っているな———
「極めて貴重な意見だ。他には何かあるかな?」
「調査結果の報告書は、侍従長にお渡ししてあります。後程、御笑覧下さい」
「うむ、後程読ませてもらおう」
「シーファー教授、ネッカー教授、退室!」
執務室で同席していた侍従が声を上げた。
2名は国王執務室を後にした。
「聖教会もなかなかやりますな」
フォン・エーベルシュタインが呆れたように言う。
「侍従長、聖教会教皇庁の在マルメディア大使を召喚だ。一度、脅しをかけないとな」
「直ちに」
一度、ではないか。
徹底的にやってやる。
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