第137話  戦略会議②

レヴィニア 首都シロンスカ 宮内省 大臣室



「マルメディア大使から、また強硬な抗議を受けたよ」


国王評議会外交顧問のクビッツァは、そう言って自嘲していた。


「私は知らなかったのだが、ブックスバウム=シェーンハウゼン協定で行われる筈の賠償金の支払いが、どうやら滞っているようだ」


「…それは私も初耳です。一体、何が?」


宮内大臣メイザーが一瞬の間を置いてから、尋ねる。


「財務当局が、マルメディアへ『本年分の賠償金の猶予をお願いしたい。ついては、一部を6月末日迄に支払う』と通告したらしい。ま、財務省が勝手に出来ることではないがね」


「…陛下の御意向、ですか」


メイザーが呆れた声を上げる。


「その6月末日迄に支払われる筈の賠償金が、未だに支払われていないのだ。『レヴィニアという国は、条約や協定を遵守する気は無いのか!』とえらい剣幕だったよ。それはそうだろうな。立場が逆なら、私も猛抗議するよ」


「国王評議会は機能していないのですか?そのような重大事項が議員に共有されていないとは」


「私はヴァルタ川西岸の領土をマルメディアへ売り渡した売国奴らしいから、そのような話は伝わってこないのだよ。国王評議会は、今や対マルメディア強硬派の巣窟となっていて、陛下へは耳当たりの良い巧言しか伝えない人間が幅を利かせている」


「何とかならないのですか?」


「手遅れかもしれない。いや、手遅れだ。マーカウヴィッツ閣下が評議会議員を辞任すると漏らしていた」


「えっ?」


「このまま評議会議員でいると、いずれ戦争を引き起こした犯罪者として裁かれる。それを避けるには、国王評議会政治顧問を辞するしかない、と申しておられた」


対マルメディア戦争は、必敗との認識らしい。


「それは責任放棄ではありませんか!」


メイザーはそう言ってはみたものの、評議会の人員構成メンバーを考えると先行きは暗い。


元総理大臣マーカウヴィッツが国王評議会政治顧問を辞職すると、7人で構成される評議会議員の内訳は、国際協調派のクビッツァ以外は全員が右派だ。


始末が悪いことに、王弟妃のエミリア公が何故か評議員として参加している。


女性の立場から国政へ意見を述べる、とはよく言ったものだ。


ならば、女性に選挙権を与えて普通選挙を実施すれば良いではないか。


明らかに国王の意を汲んで発言する為に、評議会議員へ潜り込んでいるのだ。


「もはや国王評議会の場は、希望や願望が支配している」


「……」


「曰く、我が軍兵士は、マルメディア兵よりも精強な筈だ、とか、オストマルク一帯はダルムベルクに繋がる油田がある筈だ、とか希望的観測で開戦するつもりだ」


「馬鹿な!」


「ああ、その通り。レヴィニア陸軍の前には、マルメディア陸軍など鎧袖一触だの、戦争は1ヶ月で終わり、オストマルクの占領により我が国の燃料問題は解決する」


「戦費をどうするつもりなのですか?そのような金銭など、我が国は持ち合わせておりません」


「それすら理解しておらん。右派は調子の良い言葉を発して陛下のお気に入りになれば、いずれは叙爵して貴族になれると思っているのだろう」


クビッツァが続けた。


「カルシュタインとセヴェルスラビアがマルメディアへ同時侵攻した際、あの時に近隣諸国と手を携えてマルメディアへ侵攻していれば、間違いなくマルメディアは倒れていただろう」


「たしか、協調路線を強硬に反対したのが、亡くなったシルベルマン閣下でしたか」


「そう。共同侵攻でマルメディアを倒しても、自らの勲功にならない、というのが理由だったらしい」


「そのような理由で…」


「後年のオストマルク騒乱を自ら…陸軍もか、の勲功にすべく実施して、挙句に敗北。今や、マルメディアは立ち直り、レヴィニアは倒れる寸前だ」


忿懣やる方ない、と言った口調でクビッツァは続ける。


「宮相、あなたにも私にも、平和を希求する気持ちはある。いや、極めて強い。だが、陛下には全く無い」


「牛飼いが牛を水飲み場へ連れて来たのに、牛は水を飲もうとしない。これは牛飼いが悪いのだろうか?それとも牛に問題があるのだろうか?」


まずい!


クビッツァは極めて危険な事を発言しようとしている!


「閣下、評議会の情勢については、我も理解いたしましま。何が出来るか、勘案することが大切です」


「…ああ、そうだな。宮相の言う通りだ」


「最善を尽くしましょう。それが重要です」


「そうだな、愚痴を聞かせて済まなかった」


暗い目をして、クビッツァは宮内省大臣室を立ち去った。


これは、総理のパフルウィッツに伝えた方が良いかもしれないな。


メイザーはそのように考えたが、受話器を握ったまま、身体は凍りついたように動かなくなった。



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