第136話  戦略会議①

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 第二会議室 マルメディア戦略会議




「先般のレヴィニア大使との会合の報告、外務省第五局、軍情報部からの分析からすると、レヴィニアは我が国へ割譲した領土の奪還を目論んでいる、と判断できるが…」


「北部国境の向こう側には美味しい餌が転がっているのですが、敢えて竜の縄張りに無断新規参入したいようです」


俺の質問とも言えない独白に、宰相レーマンがそう応えた。


美味しい餌とは、内戦寸前で国内情勢不穏なセヴェルスラビアのことだが…


———すると、マルメディアは竜か。竜も随分と舐められたものだな———


先年のオストマルク騒乱の結果、マルメディアとレヴィニア間で締結されたシェーンハウゼン=ブックスバウム協定には、「レヴィニアからマルメディアに対し、賠償金支払い60万ゴルト(6000億円)」とある。


この賠償金を10年分割で支払う、ということだったが、レヴィニアから「本年分の賠償金支払いについて、猶予を頂きたい。猶予を頂く代わりに、6月末までに本年分賠償金の一部を支払う」と一方的な通告があった。


にもかかわらず、8月半ばを過ぎた現在も賠償金は支払われていない。


「陛下とマルメディアに対する侮辱行為です。膺懲が必要かもしれません」


外相ツー・シェーンハウゼンが言った。


「在レヴィニア大使のフォン・ヴァインベルガーからの報告には『レヴィニア相手の交渉をしていると、不快感が増すだけだ』と愚痴が混じっておりました」


「膺懲か。私自身は侮辱行為とは捉えていない。このような挑発程度では、一切痛痒を感じないからな。だが、マルメディアが侮辱されたとなれば、また話は別だ。我が国の力を誇示しなければなるまい。さて、どうしたものか…」


「如何なさいますか?大命が下れば、軍としては対応する他ありませんが…」


陸相フォン・クライストが発言した。


「…ナイメリアとの秘密協定で、来年4月に我が国はセヴェルスラビアへ侵攻する予定だ。その前にレヴィニア相手の戦争を終結させることは可能なのか?」


二正面作戦はヤバイ。


レヴィニア相手に苦戦して、更にセヴェルスラビアまで相手の二正面作戦が上手くいかなりマルメディアが弱っていると見たら、金融危機で経済がガタガタのカルシュタインが、こちらに噛みついてきかねない。


「無理です。予備役の動員配置に1ヶ月。対レヴィニア戦で消耗した軍の編成に1ヶ月。レヴィニアからセヴェルスラビアまでの移動に1ヶ月。つまり、対レヴィニアの戦争を10月に開戦して、1月末までに勝利しなければなりません」


陸軍参謀総長フォン・クリューガーが、そのように述べた。


「短期間で弱敵を叩いて、その後に全軍で強敵に立ち向かうという二正面作戦は、極めて投機的で危険な作戦です」


そうだよな。


それでも小モルトケが事実上開戦に踏み切って、ヨーロッパで地獄の門が開いたんだよな。


それから30年も経たないのに、総統も同じことをやらかしたんだから、ドイツ人は歴史から学ばないと言うのか、ガッツがあると言うのか…


———ドイツ人?———


ああ、私が以前暮らしていた世界の話です。


30年戦争も込みでドイツという国絡みで、破滅的な戦争が3回も起こったのですよ、陛下。


———30年戦争だと!———


開戦から終戦まで30年かかった、というか、まぁ奇妙で残酷な戦争が起こったのです。


———…それはともかく、財政的に現在のマルメディアが開戦に踏み切るのは相当に厳しいのではないか?———


「大蔵大臣、財政面から見て、軍事行動の是非はどうだろう?」


話を蔵相フォン・ライニンゲンへ振る。


「財政面からしますと、現状での開戦はマルメディアにとって自殺行為になりかねません。来年4月開戦予定の対セヴェルスラビア戦だけでも、相当に厳しいのです」


「だろうな」


同意するしかない。


レヴィニアから割譲された、ヴァルタ川西岸の4県、ブラウラント、ブリュンフェルデン、ミストリンゲン、ポルスハイムの社会資本インフラ整備に莫大な金がかかっている。


新たな中等教育校、大学の設置。


病院新設。


道路の舗装、拡幅、新規敷設。


鉄道路線の複線化、新規敷設、橋梁すの強化。


上下水道整備。


その他諸々etc etc


新たにマルメディア貴族になった貴族領地でも、社会資本整備を行なっている。


貴族領については国が全額負担している訳ではないが、貴族と半々で折半している訳でもない。


マルメディア政府の持ち出し超過だ。


国富の為とは言え、何でも吸い込むブラックホールみたいにマルメディアの国家予算が、この4県に投入されている。


正直、国庫に余分な金が無い。


財貨、資材、人命を大量に失う戦争などやりたくないが、それでも相手がヤル気満々で侵攻してくるなら、自衛の為に受けて立つしかない。


だが、その相手のレヴィニアには金があるとは思えないのだが…


「レヴィニアは財政難だが、一体どこから軍事費を捻出するのだ?」


「本来ならマルメディアが受け取ってしかるべき賠償金。その捻出の為に、増税した結果の税収増加分。緊縮財政で浮かせた国家予算。この辺りでしょうが…これだけでは不足です。明らかに国家予算の支出入バランスシートが合わない」


フォン・ライニンゲンが首を傾げる。


「国債を発行した形跡も無い。謎だ」


「レヴィニア政府に内々で大口融資を出来るのは、レヴィニア国内の大手企業でしょう。だが、その大手企業も内部留保が新たな課税対象となり、どこにもその余裕は無い筈です。ただ…」


ツー・シェーンハウゼンが言葉を濁した。


「ただ…何だね?」


レーマンが発言を促す。


「レヴィニア政府に多額の融資を行える組織が、一つだけあります」


「…まさか!」


「そう、そのまさかの聖教会です」


「馬鹿な!」「あり得ん!」


レーマンとフォン・クライストが大声を上げた。


「外相の説明通りかもしれないな。しかし、レヴィニアを支援して聖教会にどのような利益があるのだろうか?」


疑問をぶつけてみる。


「マルメディアが勝ち過ぎないように、各国の勢力均衡を保つ為、でしょうか。セヴェルスラビアが倒れて、マルメディアの領土が広がれば、かなりの大国になります。我々が覇権主義に走って強大になり、やがて聖教会へ圧力をかけるような事態にならない様に、先手を打っているのかもしれません」


「聖教会内のレヴィニア人脈か?」


レーマンが質問する。


「レヴィニア人枢機卿が何人かいた筈だ。その中の誰かが指示したのか?」


フォン・クライストも尋ねる。


「いいえ、そうではなく、教皇の側近、あるいは教皇庁国務省外務局の判断ではないでしょうか。まぁ、教皇自身も、それを良しとしたのでしょうが」


やれやれ、聖教会の内部も、こっ酷い魔窟だな。


———そうでなければ、組織として一千年も続かないさ———


ごもっともです、陛下。





























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