第134話  第二王女③

レヴィニア 首都シロンスカ 宮内省 宮内大臣室



第二王女クリスティーネが行方不明で恐慌パニックをきたしていたレヴィニア宮内省だったが、『クリスティーネ殿下がマルメディアを訪問中』と外務省から一報が入り、ひとまず落ち着きを取り戻した。


「殿下の気まぐれにも、程がある」


宮内大臣メイザーが、やり場の無い怒りで愚痴を漏らす。


「殿下お付きの者で、お止めする侍従はいなかったのか?」


「あの御気性です。止める者を一喝して、許可を得ずにお成りされたのでしょう」


王宮警察本部長ラデツキが、そのように返した。


「ま、これで私も馘は、免れました」


「そうもいかんぞ。マルメディアの宮内省や外務省から『今回の先触れ無し訪問の、責任者の処分を求める』と抗議してきたら、どうする?」


「閣下、その時は一緒に職を馘になるだけです」


「ラデツキ、君は仮にも警察なのだから再雇用先には困らないだろう。だが、私は大臣を罷免されたら、次の就職先を見つけるのは厳しいのだ。宮内省内部部局の侍従など、潰しが全く効かない職だからな」


メイザーが嘆いた。


「とにかく、何にせよマルメディアから抗議か遺憾の意の表明はあるだろう。宮内省こちらに飛び火しないように、いや、した時の対応策を事前に考えておこうか」


「そうですな。ただ、打てる手は限られてますが、それでも事前に考えていた方が速やかに対応できるでしょう」


ラデツキが同意した。




   翌日


レヴィニア宮内省 宮内大臣室



案の定、マルメディア外務省と宮内省から抗議が来た。


在レヴィニア マルメディア大使フォン・ヴァインベルガーが両省からの抗議文を携え、外務省に猛抗議を行なっていた。


その抗議の最後に「このような軽率な行動をなさるクリスティーネ殿下は、王弟妃として相応しくない。ついては殿下の再教育の為に、マルメディアより人員を派遣する」と言った事が問題だった。


責任者の処分を求める要求よりも、始末に負えない事態となっていた。


「冗談ではないぞ。マルメディアからの教育係を受け入れるのは、王宮内に間諜スパイを放つようなものだ」


外相ブックスバウムが宮内省に現れ、宮内相メイザーと協議に入る。


「再教育はレヴィニア我々が行う、では駄目なのですかね?」


とりあえず、無難な提案をメイザーはする。


「ああ、それも申し入れたが、『レヴィニア側の教育の結果が、これである』と一蹴されたよ」


ブックスバウムは、そう言って肩をすくめる。


「ううむ…では、陛下決裁が必要な書類は王宮ではなく別な場所で処理するようにして、マルメディア側の人間を排除するとか。いや、いっその事、殿下と送り込まれた教育係を離宮に押し込めて、王宮から隔離するとか」


「そんな対応をしたら、クリスティーネ殿下の婚家から派遣された職員を信用していないのか、と抗議が来るのは明らかだと思うが」


ブックスバウムが、そう返した。


「大体、国王決裁が必要な書類や国王評議会の度に建物を移動するのは論外だし、離宮は修繕が必要な状態で、しかも予算不足から数年間放置されている。今から暮らせるようにするのは、さすがに無理だ」


「いや、これは参ったな」


その時、大臣室の扉を叩く音がした。


「何かね?」


メイザーが問うた。


「評議会外交顧問がお見えです」


扉を開けて一礼してから、若い職員がそう言った。


「クビッツァか」


「お通ししてくれ」


メイザーがそう言うと、国王評議会外交顧問、前外相のクビッツァが眉間に皺を寄せて入室してきた。


「話は聞いている」


クビッツァの一言に


「では、何か知恵を出してくれないか?」


とメイザーが応じた。


「知恵を出すも何も、一体、王宮警察と宮内省は何をやっているのだ?あの、動く国難のような殿下を、しっかりと監視していなかったとは…」


クビッツァはメイザーを叱責する。


「自分の思い描いた理想は常に正しくて、その理想実現の為に全力で行動する。ある意味、天晴れだが、現実世界が自分の理想通りに動いたりすることは無いことを、殿下も知る必要がある。その教育を宮内省は何故か怠っていた。その結果が、これだ」


「それを言われると、宮内省としては弁明の余地はない」


気まずそうに、メイザーが詫びた。


「…殿下の教育に送り込まれるマルメディア側の人間が仮に間諜だとしても、レヴィニアはマルメディアへ隠すような機密など何も無い。この際、黙って受け入れて、我々レヴィニアにはマルメディアへ敵対する意志は毛頭ないことを、理解してもらった方が良いのではないか?」


もうどうにでもなれ、といった感じでブックスバウムが発言した。


「案外、それで良いのかもしれん。我が国は第三国に対して、何らやましい秘密工作など実施していないし、隠蔽するような情報も…いや、陛下がアレなのは隠し通さねばならないか」


クビッツァが自嘲気味に言う。


「陛下がアレなのは、マルメディアはとうの昔に掴んでいるさ」


ブックスバウムが苦笑いした。


「新しい侍従職を採用したように、通常の扱いで行きましょう。公務中、自らに課せられた業務に関係ない場所への立ち入りを禁止しておけば、問題はない筈だ」


メイザーが言う。


「仮に、我が国の機密を探る目的で立ち入り禁止の場所に立ち入ったならば、業務中の非違行為として殿下付き侍従となっているマルメディア側の人間を懲戒解雇できる。つまり、レヴィニアからマルメディアへ強制送還できるという訳だ」


「ふむ、なかなか良いな。よし、それで行くか」


ブックスバウムが同意する。


「殿下の一件は、まぁ片付いたとしよう。だが、マルメディア大使が国王評議会宛てに持ち込んできた案件が、また厄介でね…」


クビッツァがその案件を説明すると、ブックスバウムとメイザーは呻き声を上げた。



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