第132話  第二王女①

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮 常寧の間



国王執務輻輳、との事で、クリスティーネは客間の一つである常寧の間へ通された。


「国王ハインリッヒ臨席まで時間を要する」


侍従から、そのように告げられた。


侍従と入れ替わりに宮廷客間使用人パーラーメイドが現れて、珈琲と焼き菓子ショートブレッドを配膳してきた。


珈琲には、別な皿に乳脂クリーム入れと砂糖壺シュガーポットが付いている。


クリスティーネは珈琲碗コーヒーカップを手にして香りを嗅いでみる。


かすかに花や香草ハーブのような香りを感じる。


一口、啜ってみる。


雑道が無く、苦味をそれほど感じない。

爽やかで程良い酸味を感じるのは、浅煎りの珈琲豆を使用しているからだ。


私の好みを把握していたのか、とクリスティーネは驚いた。


それとも単なる偶然か?


珈琲も果実だ。

その果実としての風味を味わうには、やはり浅煎りだろう。


そして、この浅煎り珈琲と焼き菓子の相性は抜群だ。


この王宮では、味の分かっている者が調理を担当している、と分かっただけでも、マルメディアへ来た甲斐はあった。


「国王陛下、入室」


不意に声がして、扉が開いた。


そこには車椅子に座ったハインリッヒの姿があった。


侍従に車椅子を押してもらい、長卓の端へ着く。


脇には、侍従長フォン・エーベルシュタインが立っている。


「初めて御意を得ます。レヴィニアの第二王女、クリスティーネ・コンスタンツィア・チャリトルスカと申します。陛下におかれまし…「ああ、口上は結構だ。お待たせして申し訳なかった」…」


ハインリッヒはクリスティーネの挨拶を途中で遮った。


「不調法だが、軽食を摂りながら話をさせて頂く」


先程の客間使用人とは服装も異なる、宮廷大膳使用人キッチンメイド受け皿ソーサーに載せた紅茶碗ティーカップに、保温布ティーコージーを外した紅茶瓶ティーポットから紅茶を注ぎ、次いで牛乳ミルクを同量注ぐ。


「フリードリヒだが、所用でノイスブルクを離れていて、この場には臨席できない。御了承願いたい。まず一つ、質問をさせて頂く。殿下の背後に控える三名は、一体何者なのです?」


紅茶を一口、口にしてからハインリッヒは問うた。


「私の護衛です」


馬鹿なことを尋ねるな、と薄い笑みを浮かべてクリスティーネはそう答えた。


「ほう。つまり、この王宮には殿下に害意を持つ者がいるので、この場にも警護の者が必要だ、と仰せられるのですな」


硬めに焼き上げた菓子ビスコッティを紅茶に浸して食べながら、あまり感情が籠らない口調でハインリッヒが言う。

.

クリスティーネの顔色が、一気に蒼くなった。


「け、決してそのような…お前達、下がりなさい!」


慌てて護衛に退室するように命じた。


護衛が常寧の間を出てから、ハインリッヒが言った。


「では、伺おうか」

.

「此の度の不意の拝「時間が惜しい。目的は?」謁…」


話を遮られ、クリスティーネは黙ってしまう。


「時間が惜しい、と国王は仰せだ」


フォン・エーベルシュタインが追い討ちをかける。


「…近い将来、婚家となるマルメディア王室が私の不意な訪問に際し、どのような対応をしてくるのか興味がありました」


「それで?」


「…その、満足できる応対でした」


「それは結構。他に何もなければ、お引き取り頂きたい」

.

「あの、私…「クリスティーネ殿下、御退室!」…」


同席していた侍従が声をはり上げ、常寧の間の扉を開いた。


「いけませんな」


悄然と退室するクリスティーネを見送ってから、フォン・エーベルシュタインが呟いた。


「あそこまで浅慮だと、何事かやらかしかねません」


「善意から出た行動なのだろうが、世の中の失策や惨劇の大元は善意から出たことだからな」


「女官を派遣して、再教育しますか?」


女中ではなく女官だ。


貴族の爵位を持ち、王族女性の教育や身辺の世話をする用務者だ。

召使いや使用人ではない。


「そうだな…フリードリヒの所は王太子宮女官長が空きになっていたな。適任者を任命してレヴィニアへ送り込むか」


「意中の人物がいなければ、宮廷省で選考いたしますが」


「任せる」


「…進講の続きは、いかがなさいますか?」


エメリッヒが尋ねてきた。


「…続きは軽食を食べ終えてからにしよう。君達もどうだね?」


「頂きます」「では、ご相伴させて頂くとしますか」


「外務事務次官も呼んで、食べながら進講を再開しようか」


大膳使用人を呼んで、紅茶と焼き菓子を3人分追加で用意させた。


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