第131話  非因果的連関⑤

非因果的連関⑤


マルメディア 首都ノイスブルク 王宮内進講室


「次に、レヴィニアのポトカルチェ陸軍刑務所に収監されていたトカチェンコについてですが、独房内で死亡しているのを発見されました。死因は急性心不全と発表になっています」


外務省事務次官シュリーマンが、淡々と説明する。


「苦労しましたが、一応これでオストマルク騒乱の黒幕を一掃できた…と思っていたのですが、その後の調査で黒幕を新たに、え〜、発覚というか発見しました」


シュリーマンが写真を机の上に置いた。


「ヴィクトル・ペロウスキ。騒乱時は大佐で西部方面軍総司令部勤務。現在は少将に昇進して第20師団の師団長です」


「…第五局では、どう扱うつもりかな?これ以上、死人を増やしたくはない気持ちもあるのだが」


まぁ始末するのは明らかだけどね


「陛下、抗弁をお許し下さい。あの惨劇を引き起こした張本人が罪にも問われず昇進までしている現状を、放置してよろしいのですか?」


———この現状を放置は出来ないな———


そうなりますね


「…この男もシルベルマン、トカチェンコと亡くなったのだから、身辺を警戒しているだろう。可能なのか?」


オストマルク騒乱の黒幕と目される関係者の死が続いている。

自然死が続いているとは考え難い。

次は自分の番ではないか、と警戒を強めているだろうし、簡単にはいかない筈だ。


「簡単にはいきません。ですが、不可能ではありません。殺戮の復讐神フリアエ作戦は継続でよろしいですね?」


———末端はともかく、騒乱を計画、指導した立場の人間は、厳罰を下さなくてはなるまい———


仰せの通りです、陛下。


「結構、引き続き外務省各位の精勤を期待している…だが、彼らの死を『大義に殉じた殉教者』として喧伝されたりはしないだろうか?」


大義…そう、他国からすると極めて不可解な『大レヴィニア主義』をシルベルマンが主張していた。


マルメディアのオストマルクにはレヴィニア系住民が多数居住しているから、本来の主権者レヴィニアへ返還すべき。

セヴェルスラビアの南東部カリル地方は、元々はレヴィニア領土だったので返還を要求する。

ナルイン西部もヴァレーゼ北部も、とりあえずレヴィニア領土云々…


この大義を信仰する支持者がいるのも不可解だが、この大義の旗の下で団結するレヴィニアの右翼も不可解だ。


四方八方に喧嘩を売って敵を作って、それで国が成り立つとでも思っているのだろうか?


危ない綱渡りをしても、相手だって戦争は避ける筈だ、という根拠でもあったのか?


「…そうですね、心労と虜囚が死亡の間接的原因だと考える者も、中にはいるでしょう」


シュリーマンが述べる。


「ですが、一般的な見方は『裁きが下された』です」


「続けてくれ」


「聖教会の、レヴィニアの各司教区の日曜礼拝で『先年のマルメディアとの紛争を計画実行し、国と国民に多大な損害を与えた者には、必ずや神の裁きが下されるであろう、と神父に講話させております。まぁ、喜捨には随分と金がかかりましたが…」


その喜捨の予算って、どこから捻出したんだ?

帳簿に載ってない裏金か?


———この国も、闇だらけだな———


ま、裁きは下された訳ですし、ここは良しとしましょう。


「レヴィニア右派の組織立った行動は、シルベルマンとトカチェンコの死亡により取れなくなりました。ですが、個々の狂信者による暴発は、これは十分に有り得ますので注意が必要です。引き続き在外公館を通じて、監視を強化しなければなりません」


「事務次官、外務省には苦労をかけるな」


「これが私共の仕事ですから。ですが、表立っての職務で何か成果を挙げた際、労いのお言葉をかけていただければ、職員の士気も上がることでしょう」 


「うむ、そうだな…」


逆にネジを巻いてやるか。


「外務省各員には苦労をかけている。しかし、諸君の優秀さを鑑みると、この程度の成果は挙げて当然ではないのかな?」


「ですな」


同席していた侍従長フォン・エーベルシュタインも、そのように同意の言葉を発した。


「ですよね、もう少し成果を挙げられる様、私からも檄を飛ばします」


そう応じたシュリーマンだった。


「この件につきまして他に質問が無ければ、え〜、次のセヴェルスラビアの首都デミドフでの騒乱について…」


そこで、進講室の扉が叩かれる音がした。


「誰か?」


フォン・エーベルシュタインが問うた。


「侍従エメリッヒです。至急、陛下へお取次したい案件が生じております」


「入室を許可する」


やり取りを聞いていたので、フォン・エーベルシュタインにそう促した。


「入れ」


「エメリッヒ、入室いたします」


一礼して、エメリッヒが進講室へ入ってきた。


「何事か?」


フォン・エーベルシュタインの問いに、エメリッヒが答えた。


「レヴィニアの第二王女クリスティーネ公が来訪されました。陛下への拝謁を希望されております。いかがなさいますか?」


「えっ?」「はぁ?」「嘘だろ?」———まさか!———


三者三様…いや、四者四様の反応を見せた進講室の中の3名というか4名だった。


「…ひとまず、来訪の要件が何か、尋ねてみてくれ。それと、フリードリヒに連絡して、直ちに王宮へ来るように伝達するように」


何なんだ、これは?


王弟フリードリヒと婚約中のレヴィニア第二王女が、いきなり現れて会ってくれとか….


ここは時間を稼いで、対応を協議だ。


「直ちに。来訪の件ですが、何度問い質しても、陛下に拝謁したいとしか申しません」


エメリッヒも困惑した表情だ。


「王族が先触れも無しで、いきなり来訪ですか。いや、何とも…」


シュリーマンは呆れている。


「そのクリスティーネを名乗る人物は、今どうしている?」


エーベルシュタインがエメリッヒへ質問した。


「常寧の間にお通しして、ご休息頂いております」


「本人か?」


「間違いないかと」


「陛下、どうなさいますか?」


どうもこうもない。


会うしかないが、その前にフリードリヒに会わせて、来訪の真意を問うのが良さそうだが…


レヴィニア大使館にも一報を入れておくか。


はぁ〜、いきなりアポ無しでやって来るとか、ブラック企業の飛び込み営業かよ…


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