第130話  非因果的連関④

マルメディア 首都ノイスブルク 王宮内進講室


「オーラヴ元殿下の乗船した船が行方不明になった件については、以上です」


外務省事務次官のシュリーマンの説明が終わった。


「海難事故なのだが、通報、救助活動の初動や、その後の各方面への動きが鈍いように感じるが…」


明らかに不可解だと俺は思った。


陛下、どう思われます?


———行方不明になって半日以上経ってから、クラビナ海に接しているレヴィニア、ヴァレーゼ当局へナイメリアが連絡か。時間がかかり過ぎている…———


「有体に言えば、ナイメリアとしてはオーラヴ元殿下は、その存在を抹殺したい対象です。運良く事故に遭われたようなので、まぁこれ幸いと通報を遅らせたものかと」


淡々とシュリーマンが私見を述べた。


「レヴィニアにしてもヴァレーゼにしても、殿下いや元殿下ですか、を救助して国内に居座られても困りますし、まぁ諸国の利害が一致した結果でしょうか」


———世が世ならナイメリア国王に即位していた筈のオーラヴ公が、このような扱いを受けるとは…———


私達も細心の注意を払って、そのような境遇は避けなければなりません。


———ああ、そうだな———


「オーラヴ公の一行…つまり家族全員が、事実上亡くなったと考えていいのかね?」


子供には罪は無いとは思うが、親が不正を働いて蓄財した金銭で生活していたならば、そうも言えなくなる。


「いいえ。エリーザベト、アレクシア両内親王殿下は、ナイメリア大使館の別館で健やか…禁足令が出ているようなので、健やかにとは言い難いですが、暮らしております」


「…外務省は、放置しても我が国には影響が無い、という判断かな?」


「陛下の仰る通りです。外務省第五局(マルメディア情報部)からの報告では、クリスティン女王から大使館宛に『二人は奪爵され無位無冠だが、王族として遇するように』と王令が発せられたようです」


「事務次官、それは、ナイメリア大使館宛の電信か郵便物を傍受あるいは入手できた、という意味か?」


「ナイメリア大使館宛に宮内省より平文で電信が入電しておりました。従いまして、電信が傍受されているのを承知の上で、傍受した側へ『二人には手を出すな』という警告の意を含んでいるのではないか、と外務省では判断しました」


ふむ。

そうだろうな。


「侍従長、どうだろう?」


進講室に同席しているフォン・エーベルシュタインへ尋ねてみる。


「外務省の判断通りで、間違いは無いでしょう。ですが、現状のまま放置いたしますと、我が国がナイメリア大使館宛の電信を傍受している、と露見してしまいます」


「それについては対策済みです。電信の傍受ではなくナイメリア大使館の監視を行った結果、二人の滞在は確認した。だが、敢えて不法滞在には目を瞑る、と省のナイメリア部長が大使へ私的に話しています。あくまで『私的』に、です」


「結構」


フォン・エーベルシュタインは満足気に頷いた。


「陛下、よろしいですか?」


「うむ。では、次の案件を」


「では次の件について…え〜、本日の外務省からの進講は、多岐に渡っておりまして…」


シュリーマンが手元にある報告書を手繰る。


「レヴィニアの前宰相、アーサー・シル…失礼しました、アルトゥル・シルベルマンが国会議事堂内で、心不全の為に亡くなっています」


「オストマルク騒乱の、黒幕の一人か」


フォン・エーベルシュタインが苦々しく言う。


「まぁ、それはそれとして、今後のレヴィニアの政局への影響は?」


そちらが気になる。


「シルベルマンが総裁だった野党第一党のレヴィニア新生党ですが、解体は免れないでしょう。幾つかの泡沫政党が残るだけになるかと」


シュリーマンが説明する。


「元々、新生党自体が右派政党が大同団結と申しますか野合したような政党で、要であったシルベルマンが亡くなり、実務に長けた幹事長のクルツまで倒れてしまったのでは、政党としての体をなしません」


「少数に分派して先鋭化した連中が、何か事を起こしたりする可能性は?」


「皆無とは言えませんが、無視して構わないでしょう」


「その判断の根拠は?」


「行動を起こすには、金銭面の裏付けが必要です。新生党の財政は、財界に知古が多かったシルベルマンが支えていたようなもので、そのシルベルマンが亡くなっては、どうにもなりません」


まぁ、そうだろうな。

ただ、金が無かった伍長閣下は、いつの間にかワイマール憲法下の普通選挙で政権を奪取している。


国民の不満を投射できる対象ターゲットと演説の上手い煽動者アジテーターがいると、信じられないような最悪の事態が起こりかねない。


「うむ。引き続き、レヴィニア新生党の監視を続けてくれたまえ」


「御意」


「ところで…その、シルベルマンの死には、外務省や陸軍省は関与しているのだろうか?」


ふと疑問に思ったことを口にした。


「ええっと…この件は、殺戮の復讐神フリアエ作戦の一環で、陛下の許可を得ておりますが」


えっ?

殺人を許可してたっけ?


「さすがに現役の大物政治家シルベルマンと陸軍刑務所に服役中のトカチェンコを『始末』するのは難問だったので、時間を要してしまいました。残るは、カルシュタイン公か、その身内です」


『残るは』って、トカチェンコも始末したってことか?


…待てよ。

あ、アレか。

国王暗殺未遂とオストマルク騒乱の報復だったか、殺戮の復讐神作戦は。


「事務次官、進講の続きを」


ごく普通に、フォン・エーベルシュタインがそう言って、シュリーマンの発言を促した。



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る