第129話 非因果的連関③
レヴィニア ポメジェ郊外 ポトカルチェ陸軍刑務所内購買
面会に来た前国防大臣ハウベンシュトックからの『差し入れ』を使って、服役中のトカチェンコは、購買で何を買おうか選択に迷っていた。
日用品の購入には制限が無いが、食品は週1回10品まで、特に甘味類の購入は、週に1回2品までと制限がある。
先ずは缶詰だ。
缶を開けるには刑務官をよんで、缶切りで開けて貰わなくてはならない。
その際、慣例として刑務官へ『手間賃』を受刑者が払うようになっている。
独房内へ缶切りの持ち込みなど、出来る筈が無いからだ。
だが、まともな副菜が期待できない陸軍刑務所では、割高だろうが手間賃を取られようが、缶詰を購入して栄養補給に努めなくてはならない。
怠ったならば、早晩栄養失調からくる病気の罹患、病死が待っている。
購買で、牛肉の
甘味類は迷ったが、
ありがたいことに、外側の固めの生地のおかげで夏場(この季節)でも溶けずに保存できる。
普通の味とコーヒー味のクルフカを購入してから、刑務官に引き摺られるように独房へ連れ戻される。
独房へ入ると、扉の錠が掛けられた。
その後、両手を鉄格子の隙間から出して、手錠を外してもらう。
やれやれ、食糧の缶詰も調達できたし、甘味もある。
今週は「願います、刑務官殿!」と大声で刑務官を呼んで、購買へ行く必要は無くなった。
手錠が掛けられていた手首を摩りながら、トカチェンコはそう思った。
陸軍刑務所の劣悪な食事環境下で、体調を崩さない者がいない筈はない。
病気に罹患すると一時的に陸軍病院へ移送されるが、陸軍病院では刑務所から移送されてきた患者を人体実験の対象としか見ていない。
病気の治療とは無関係の薬剤を投与されたりする行為は、日常的に行われているという噂だ。
『軍刑務所から陸軍病院へ移送されると、人体実験の対象にされる』と、ある上等兵が言ったのを、古参の軍曹が注意した。
『陸軍病院は人体実験なんぞやらない。安心しろ』
『軍曹殿、そいつぁありがたいことです』
『ああ。軍刑務所から移送される患者は、動物実験の対象だからな』
…という小咄が陸軍にはある。
笑えない冗談だな、とトカチェンコは思った。
独房内で、先程購入したクルフカを開封し、包装を解いて口の中へ放り込む。
美味い。
外側の、割と固めなサクサクした食感の生地の中から、トロッとした柔らかな生地の香りと甘さが一気に広がる。
前線の塹壕内だろうと、参謀本部での模擬演習中だろうと、これだけはやめられない。
しかし購入には制限がある。
意志の力で甘味への欲求を抑え…
「春だと、購買で甘味を買うとしたら選択肢は複数あるが、夏場は溶けないクルフカ一択だからな」
「ああ。用意したクルフカの袋を買って行ったから、後は『当たり』の粒を口にするのを待つだけだ」
「もう少し苦しみを与えてやりたかったんだが…」
「下手に苦しんでいると発見されて、病院で治療を受ける羽目になる。致死量分を一気に与える方が、確実ってもんだ」
「目的は抹殺だからな、仕方ないな」
二人の男が、刑務官詰所の中でそんな会話をしていた。
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