第128話 非因果的連関②
非因果的連関②
レヴィニア ポメジェ郊外 ポトカルチェ陸軍刑務所 面会室
禁錮10年の実刑判決が確定したヴァレリアン・トカチェンコ元レヴィニア陸軍大将が、刑務官に連行され、面会室へ入室してきた。
恩赦や大赦での減刑を期待しながら独房での生活が4ヶ月目となってはいたが、覇気を失ってはいないようだった。
「どうだね、調子は?」
面会室で待っていたのは、前国防大臣のハウベンシュトックだった。
「
「そうかそうか。しばらくは本代を使う必要が無さそうだな」
ハウベンシュトックが、あまり興味無さそうな感じで言った。
「健康面は?」
「まぁ、あまり変わった感じはありませんね。調子が悪ければ、陸軍病院で診察も出来ますし」
「ふむ、特に体調を崩してないなら、何よりだ。まだまだ暑い季節だ。空調の無い独房は、さぞ辛いだろう」
同情するように、ハウベンシュトックは言う。
「独房外に扇風機を置いてもらえました。以前に比べると、遥かに快適です」
「食べ物はどうかな?不満はあるとは思うが…」
「刑務所のメシですから、期待する方が間違っています」
「そうか、そうだな…300グロシュ(2万円)置いていく」
そう言ってからハウベンシュトックは、刑務所が用意した封筒に100グロシュ札を3枚と少し考えてから追加で小銭を入れた。
「ありがとうございます、閣下」
陸軍刑務所には購買が設置されており、制限はあるが受刑者も利用できる。
月に2回迄なら、刑務所指定の食堂から出前も可能だ。
ただ、利用するには現金が必要だ。
それも、普通に刑務所外で購入したり食事したりするより割高な『刑務所価格』となっている。
ポトカルチェ矯正支援委員会とかいう組織が中抜きをして、不当に利益を挙げている、という噂だ。
闕所の処分も下されて、資産が差し押さえられた受刑者のトカチェンコにとって、ハウベンシュトックのような支援者から得られる現金は、それこそ干天の慈雨に等しいものだ。
「預けておくので、面会後に刑務官から受け取ってくれ。無聊を託っているのも、自分自身への試練だと前向きに考えてくれ」
「……」
トカチェンコが軍法会議で完全黙秘を貫いたので、本来なら逮捕され有罪となる軍高官が多数いる。
仲間を売るような真似をしなかった為に、責任を一人で負って有罪判決を受けたトカチェンコだったが、その『仲間』で面会に来る者は、片手で数える人数しかいない。
「どうかな、減刑と引き換えの司法取引をして、オストマルク侵攻の全貌を明らかにしては?大将一人が責を負うものでは無いだろうに」
「閣下のお心遣い、感謝いたします」
ハウベンシュトックは、レヴィニア陸軍西部方面軍がマルメディアのオストマルクへ侵攻した件には関与していなかったが、国防大臣を罷免されている。
この侵攻を命じたのは前首相シルベルマンなのは明らかなのだが、何一つ証拠が無いので訴追を免れている。
「君の同志が大手を振って『外』を歩いている。しかも面会にも来ない、手紙も寄越さない、金銭的支援もしない。それでも構わないと?」
「構わなくはないのですが…私が愚かだった、というだけのことです」
「数ヶ月経って今更、と思うかもしれんが、ここで10年過ごすよりは、遥かに状況は好転すると思うが」
トカチェンコも、陸軍刑務所で10年間過ごすつもりはない。
『中』から『外』にいるシルベルマンや陸軍への影響力を使って、現在のレヴィニア政府、パフルヴィッツ政権を転覆させ、地位回復を図る予定だ。
その計画に沿って、刑務所内では模範囚となるべく大人しくしているだけだ。
「…軍人としては、やはり仲間を売るような真似はできないのです」
「そうか。ならば、この件については私からは何も言うまい。何か話す気になったら、連絡してくれ」
そう言って、ハウベンシュトックは面会室の椅子から立ち上がった。
「では、失礼するよ。元気でな、トカチェンコ大将」
「支援に感謝します、閣下」
トカチェンコは一礼して、面会室から出て行くかつての上司を見送った。
何故、ハウベンシュトックは面会に来るのだ?
私が引き起こしたオストマルク騒乱の責任を取らされて、国防大臣を罷免されたのだから、私は憎しみの対象でしかない筈だ。
それが定期的に面会に来て、幾許かの現金まで差し入れしてくれる。
一人で泥を被った私を憐れんでいるのか?
それとも、私が『ハウベンシュトック国防大臣は無関係だった』と証言するのを期待しているのか?
或いは、何者かの依頼を受けて、私の近況を探りに来ているのか?
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