第126話  在マルメディア ナイメリア大使館③


在マルメディア ナイメリア大使館③


在マルメディア大使館別館 二階 御座所 奥私室内食堂




エリーザベトとアレクシアの二人の元内親王殿下は、配膳されてきた料理を前にして溜め息をついていた。


「こちらに気を使って下さって、豪華な食事を用意して頂けるのは良いのですが、毎食ともなると…」


アレクシアが不満を漏らした。


冷製のコーンスープ


アリヨリソースを効かせたポテトサラダ、グアダル風


4種チーズとキノコのリゾット


牛肉のカツレツ、テヒラーナ風


海の幸のグラタン・コンプレ


デザートには梨のシャーベットが出された。


主菜の、叩いて薄く伸ばした牛肉を揚げ焼きにしたカツレツコトレッタだが、この料理が好きな人に言わせると『カツレツは、牛肉を美味しく食べるための料理ではない。この料理の本体は、バターで揚げ焼きグロジョラーレされた衣のパン粉パングラッタートである』らしい。


だが、他にグラタンやリゾットと割と重目な味付けの料理が並んでるのでは、さすがに胃がもたれてしまう。


「先程の大使との話し合いで伝えましたし、明日以後は考慮して下さるとの事でした」


エリーザベトは、敢えて『改善』と表現しなかった。

大使館側の好意や善意を汲み取っていたからだ。


両親と弟が大使館を去ってから、待遇が割と良くなったことを不審に感じていた二人だったが、大使のリンデラントとの会見で説明を受けて納得した部分は多々あった。


「会見に同席していた、あの箱?というのか荷物を抱えた書記補の方、あの方を以前に見た記憶があるのです」


エリーザベトが記憶を辿るように、ゆっくりと言う。


「その方は軍の佐官でしたから、この大使館で書記補の任に当たっている筈は無いのですが、奇妙な位に似ておりました」


「兄弟や従兄弟といった縁者ではありませんか?そうであるならば、似ていることでしょう」


「そうかもしれません。では、料理が冷めてしまう前に頂きましょう」


そう言って、エリーザベトは話を打ち切った。


父君が前日に強目の酒類を召され過ぎて倒れ、急遽、私が陸軍のドランハイム基地を訪問することになった。

初めての公務となったから、割と鮮明に記憶に残っている。


私を先導してくれた大佐…この方は、基地勤務の全員を前にしての挨拶の文面まで考えてくれた。


「この場に集っている皆さんは、この基地を任地とし、日々精勤されております」


王族とは言え、10歳の女子児童が話しかけている内容を、陸軍兵士達は真剣に聞いてくれていた。


「他の方とは髪の毛の色が違う方もいるでしょう。瞳の色、肌の色が違う方もいるでしょう。身体の大きさも、信仰している宗教も、それぞれに違うことでしょう。ですが、皆さんが国を思う心は一つです。皆さんは、国へ全てを捧げてくれております。ナイメリアには、皆さんの忠誠心に対して真摯に応える義務があります」


エリーザベト内親王殿下、万歳!


予期していなかった声が上がり、唱和となって広がって行った。




エリーザベト内親王殿下、万歳!か。


「ん?何か言ったかな?」


リンデラントが尋ねてきた。


「エリーザベト内親王殿下は、かなり頭が良いのであろうな」


別館から大使館本館の大使執務室へ向かいながら、ドンスはリンデラントに話しかけた。


「そうだな。忖度抜きで、学業の成績は年次主席を幼稚舎以来続けてからな」


「…実は、姫君とは一度会ったことがあるのだ。ドランハイム基地に赴任していた時で、今から…5年前になるか」


「ほう、興味深い話だ。話せる所までで結構だ。続けてくれないか、テオ」


「いやなに、基地の訪問に来たオーラヴが二日酔いで倒れたので、代わりに10歳だったエリーザベト内親王殿下が基地を訪問し、当時、大佐だった私が案内の先導役を仰せ遣っただけなのだがね。その時は、まだ私の頭髪もしっかりと生えていたのだが、この5年で一気に喪失してしまったよ」


禿げた頭部を触りながら、ドンスは自嘲した。


「気にするな。君の本質は、何一つ変わっていないではないか。勤勉であり勇敢。仲間との約束は、必ず守る」


「ふん、まぁそれについては、どうでもいい。問題は、エリーザベト内親王殿下が私を見て奇妙な表情を浮かべていたことだ。陸軍大佐が大使館で書記補をしている理由を考えていたのだろうな。まさか私を憶えていたとは、ね」


「…血縁者という事で、何とか誤魔化すか?」


「私の正体を知られるのは、極めて不味いからな。或いは、全て打ち明けて、この件を漏らさないように口止めするか」


「何か問われた時には、血縁者…従兄弟が陸軍にいる程度の話をするしかないか。今後、会う機会は無いとは思うが、まさか5年前に会った人間を憶えていたとは…」

.

リンデラントは頭を抱えたくなった。


「それは仕方ない。御二方の様子を伺う限り、大使の君に対する信頼度は高そうだな。あと、自らが置かれている立場を理解している。立ち去った3人とは、えらい違いだ」


「全くだ。今頃はレヴィニアのルーベを経由して、ナルインとの国境を越えている筈だが…一行が通過したとの連絡が、未だ入電していないのだ」


「解せぬな、事故ならば救難信号を発する時間くらいはあるだろう。それとも別な都市に上陸して、ナルインを目指しているのかもしれんな」


「…まさか、テオ、お前「、やっていない」がやっt…そうか、ならいい」


やったのは俺ではなく、海軍陸軍合同の特殊部隊だ。

命令を下したのも、俺ではない。


「では大使閣下、書記補ドンスは書類の処理に当たります。この場にて離別いたします」


「うむ、しっかりとやってくれたまえ、ドンス君」


リンデラントはドンスと別れてから、本館の四階にある電信室へ向かった。


「リンデラントだ、入るぞ」


長短の信号で構成された電信を巨大な机の上で平文に訳していた電信課の職員数名が、一斉に椅子から立ち上がった。


「挨拶はいい。仕事を続けてくれ。オーラヴ殿下一行の、その後の連絡は入っているのか?」

.

「到着の連絡は受け取っておりません。シロンスカの大使館と幾度も遣り取りをしましたが、一行がルーベへ到着した痕跡はありません」


「ルーベに一番近い領事館は?」


「シロンスカの大使館が、ルーベに一番近いのです。ですから、ルーベにいる要員からシロンスカの大使館へ連絡が入り、それから本国とこの大使館へ伝達される手筈となっております」


参ったな、これは。


「連絡があった場合、速やかに報告してくれ。他に何か、私が知っておくべき電信は入電してないかな?」


「…本国外務省より、『元殿下一行がマルメディアを退去したので、この件に関しては経由先レヴィニア及び最終目的地ナルインの大使館が処理に当たる。貴大使館の関与を禁止する』ですか。それと、もう1通は本国宮内省からで『貴大使館に滞在中のエリーザベト、アレクシアの2名については、王族として処遇するように女王陛下より仰せ遣っている。善処されたし』とあります」


触れてはならない『何か』があるな、とリンデラントは即座に理解した。


「うむ、諸君の常日頃の精勤に感謝する」


そのように言い残して、リンデラントは電信室を後にした。



























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