第125話  在マルメディア ナイメリア大使館②

在マルメディア ナイメリア大使館 大使執務室


「マルメディアの中央省庁や王宮は、魔窟だからなぁ」


溜め息混じりにリンデラントが言った。

常日頃、ナイメリア大使としてマルメディア中央省庁相手に煩雑な対応しているだけに、その言葉には実感がこもっていた。


「外相ツー・シェーンハウゼンに侍従長フォン・エーベルシュタイン、魔窟の主てある怪物二人が担いでいるのが、国王ハインリッヒだ。ハインリッヒも怪物だな。身体の中に流れているのは血液ではなく、数字だ。物事の判断基準が、損か得か、という生物だ。国の名誉とか王室の矜持とか、そのような概念を持ち合わせていない」


ドンスが述べる


「ある意味、見上げたものだ」


「君が褒めているのだから、只者では無い人物なのだな。ハインリッヒは」


「褒めているつもりはないし、腐しているつもりもない。厳格な修道士に似ているな」


「修道士、だと…?」


「ああ、彼が仕えている絶対神の御言葉『損か得か』に従って、論理的思考を行っている。マルメディアの利益になる場合、痛痒を感ずることなく相手を破壊し尽くす。絶滅戦争が発生して自国が灰燼に帰しても、敵を消滅させたので問題ない、こちらは人口8000万が100万になったが、向こうは人口0人で絶滅したから大勝利だ、という思考をする極めて危険な人物、いや怪物だ。この怪物がどのようにしてこの世に生を受けて育ったのか。いや、そもそも…まぁ、いいか」


外務書記補という、大使館の順列では一番下の役職を拝命したことになっいるドンスだが、実態は陸軍情報部少将の地位にある。

外交典礼プロトコルだと、特命全権大使よりは若干格下にはなるが、本国ナイメリアでは、ほぼ同格扱いだ。


「…やはり君もそう感じているのか」


暗殺未遂事件後にハインリッヒへの謁見を申し入れ、10分程度の会談を行った際に感じた違和感は、これだったのか、とリンデラントは納得した。


「しかし、オーラヴ殿下の諸「元殿下だ」行にも、そうだな、元だ。困ったものだ。残された御二方の、何とお労しいことか」


リンデラントが、そう嘆いた。

だが、ドンスは『遺された、だな』と頭の中で冷静に訂正を加えていた。

余計な情報をリンデラントに教えるつもりはないが、事実は事実だ。


「しばらくは別館内を『鳥籠』として、お過ごし頂くしかない。女王陛下の考え一つになるが、近い将来に別人の名前と爵位で縁戚を頼ることになるかもしれないな」


ドンスは当たり障りなく、そのように言った。


「外出不能なので、せめて食事と無聊をかこっているお二人への手慰めの品だけは、しっかりと用意しなければなるまい」


「そうだな。どうれ、別館へご機嫌伺いするか。テオ、君を連れて行きたいのだが、外務書記補の資格では対面は……そうだな、荷物持ち(ポーターとして私に同行し、御二方の反応など見てくれないか?」


「面白い。では芝居に戻るか。大使閣下!私は書類を届けに来たのであって、荷物運びに来たのではありません!」


ドンスの言葉の途中でリンデラントは執務室の扉を開き、会話の内容が廊下にいるガルボルグに聞こえるようにした。


「君は、上司の職務上の命令に従いたくない、と発言している。私は、そう理解したよ、ドンス君」


「い、いえ、決してそのような!あの、閣下。私めは、最近、老化で耳が遠くなり、言葉の聞き間違いをするようになっているのです。平に、平にご容赦をお願いいたします」


「ああ、ガルボルグ。君は中へ戻って、中断した仕事を続けてくれたまえ。私は、別館に用件を済ませに行く」


「承知いたしました。こちらへのご帰還は、何時頃になりそうでしょうか?」


「1時間はかからない筈だ。だが、私が不在でも君は定時帰宅で構わない」


そのようにガルボルグへ言い渡し、書類の入った箱を抱えたドンスを従えて、リンデラントは別館へ向かう。


「…仕事が無くても、椅子に座って大使閣下のご帰還を待ってさえいれば、残業手当が支給される。帰宅する気は、微塵も無いだろうな」


別館への途中で、ドンスはリンデラントへ話しかけた。


「支給基準を改めなくては。在外公館勤務の外務公務員手当だけで…本給ではないぞ、手当だけで、本国で短時間勤務の職員を3.5人も採用できる。本給に在外公館調整を合わせると、4時間勤務職員を8人、だ」


「32人時マンアワーか、やれやれ。極めて優秀な外務公務員が2倍の効率で働いても16人時。比較するのも馬鹿馬鹿しい話だ」


ドンスもリンデラントも無力感を抱きながら、別館へ向けて足を運んだ。










































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