第124話  在マルメディア ナイメリア大使館①

マルメディア 首都ノイスブルク 在マルメディア ナイメリア大使館 大使執務室



外務省ナイメリア部部長ディークマンがナイメリア大使リンデラントと会談することが出来たのは、会談を申し込んだ時刻を20分程度過ぎてからだった。


「ディークマン部長、入室」


大使リンデラント付き三等書記官ガルボルグが声を上げた。

声に合わせて大使執務室の扉が開かれると、ディークマンが入室してくる。


「部長、どうぞお掛け下さい」


リンデラントが応接用の長椅子を勧める。

.

「本日は閣下の大使業務が輻輳の中、お時間を頂けました事に対しまして、マルメディア外務省を代表し感謝申し上げます」


ディークマンは頭を深々と下げて、そのように謝辞を述べてから、長椅子へ身体を預けた。


「ディークマン部長。本日は、どのような用件にての御来館とあいなりましたか?」


長椅子とは反対側の椅子に座ったリンデラントを見て、自らは立ったままでガルボルグが尋ねた。


マルメディアへ不法入国して大使館に滞在中の元王族3人、オーラヴ、シセル元殿下夫妻と長男ハンス元内親王殿下の国外退去処分について、マルメディアのノイスブルク東部入管出張所で捜査第一課課長からリンデラントへ書類を手交されたのが一昨日。

その翌日に、3名を大使館から退去させた。

レヴィニア経由でシセル元妃殿下の実家があるナルインへ御成り追放…の手筈となっていた。


何か問題でも発生したのか?


リンデラントは口には出さなかったが、その考えを強くしていた。


「実は昨日付けで、ノイスブルク東部出入国管理局では、在マルメディア ナイメリア大使館別館の注視業務を廃しました」


公式には所在不明とされている元王族の姫君2名、エリーザベト、アレクシア両内親王殿下がナイメリア大使館別館に滞在しているのは明々白々なのだが、その別館の『注視業務』を廃止する、とマルメディアは伝えてきた。


「…ふむ、貴国と友好条約を締結している国に対して、貴国は監視業務を行っていると。それを公式に認めたという事ですな」


この数日間のオーラヴ一行が引き起こした様々な問題で精神的圧迫感(《ストレス》を感じていたリンデラントは、あえて嫌味を言う。


「お気を悪くなさらないで下さい、大使閣下。監視、ではなく注視、です」


慌てて否定するディークマンだった。


「監視など、両国の友好を毀損するような行為は、断じて許されるものではありません」


だが、許さなくても監視はマルメディア当局によって実施されている。

当然と言えば当然だ。

敵とは、友よりも近い距離に存在しているものなのだ。


「監視も注視も、同じことだと考えますが。マルメディア外務省は、恥を知らない名誉も知らない組織なのですか?極めて遺憾ですな」


「大使閣下、どうか御心を平静に。私が恥も名誉も知らない件につきましては、謝罪させて頂きます。誠に申し訳ございません。ですが、我が国及び外務省は、恥も名誉も理解しております」


流石に外務省本省の部長職ともなると、挑発には乗ってこないな、とリンデラントは感心していた。


「まぁ、アレです。両国間に存在していた当面の外交上の問題が解決したことで、両国の友好がますます発展することをマルメディア外務省では祈念いたしております」


ディークマンは『外交上の問題が解決』と言ったぞ。

暗に、内親王殿下2名の滞在を許可した、という事か。


「マルメディア、ナイメリア両国の友好が、より一層深まる事については、私共ナイメリア外務省及び当大使館も、女王クリスティンも喜ばしく思うところではないでしょうか?」


中身の無い、空虚な言葉の羅列だな、とリンデラントは感じていたが、そのように返した。


「大使閣下の仰られる通りでございます。我がマルメディアも国王ハインリッヒ以下、公的機関や国民までも、ナイメリアとの友好関係を望んでおります」


そう言ってか長椅子から立ち上がり、一礼するディークマン。


「それでは、我が国側からの伝達事項の要諦は、以上となります。重ね重ね、本日は大使

閣下より貴重なお時間を頂けました事に対し、感謝いたします事を申し上げます」


再度一礼してから、大使執務室を退室して行く。


「ディークマン部長、退室!」


会談に同席していたガルボルグの声が、空虚に聞こえてきた。


『姫君2名がナイメリア大使館別館に滞在しているのは把握しているが、目立った活動をするのでなければ、マルメディア当局は不問にする』


その伝達で来館したのか?

そうなるな。


リンデラントが自分の中で回答を出した時、執務室の扉を叩く音が聞こえ、次いで「外務書記補ドンス、入室いたします」の声がした。


「通してくれ。それとガルボルグ、しばらく席を外してくれないかな?」


「承知いたしました」


ドンスが書類の入った箱を抱えて入室し、代わりに一礼してからガルボルグが退室して行った。


「ふうむ、随分と手の込んだ事をしてくるな」


先程の会見の内容を大使リンデラントは陸軍少将ドンスへ伝えると、ドンスは呆れたように言った。


「同意する。とにかく、マルメディアは、この一件に関して公的な声明を出したくないのだろう。この認識で、間違い無いと思うのだが…」


「ああ。マルメディア側は、内親王殿下2名の滞在に関して、言質を取られるような発言を何一つしていない。何かあれば、発言内容を我々が曲解した、で通すつもりだな。試合開始早々に、引き分け狙いの遅延行為か」


ドンスは撫然とした表情で、そう呟いた。













































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