第123話  晩餐④

醍醐フォルマッジには、やや甘口の柔らかなモノソフトタイプを選び、菓子類ドルチェには桃の円形焼き菓子タルト牛乳入り深煎珈琲カプチーノが供される。


食後酒ディジェスティーヴォは、檸檬酒リモンチェッロだ。


「…大変美味しい食事だった。ごちそうさま。だが、これら食材の購入費は、一体どの予算から捻出されているのだ?」


グランが疑念を口にする。


「公金の私的流用か?」


戯けた口調ではあったが、ラムベルグへ詰問している


「あ〜、それはですね…」


ラムベルグが答えようとしたが、通りかかったワーホルムが代わりに言う。


F作業をして、水揚げした魚を市場に卸した、その利益からです」


「はぁ?予算はどう配分されている?支給されとらんのか?」


「海軍からの予算だけでは、艦の維持すら出来ません。漁船も技術の進歩で各種装備が必要ですが、赤煉瓦海軍省へいくら上申しても黙殺されているのが現状です」


「美味い食前酒を買う余裕はあるのにか」


「…我々は偽装国籍マルメディア系レヴィニア人として、ナイメリアの外地で作戦に従事しています。本来なら戦地手当が支給される案件ですが、活動の場が公海上が多いので支給対象外だと赤煉瓦では言ってます」


「…続けたまえ」


グランが続きを促す。


「戦地手当が支給されないのであれば、それは平時扱いです。ならば、今のような深夜に勤務しているのであれば、超過勤務手当、深夜勤、早朝勤務手当の支給対象になります。ところが、勤務実態が不明、という事で、それも支給されていません。そういう訳で、我々はF作業で金を稼いで、支給されない手当に充足し、艦艇の維持費、装備品の購入に当てているのですよ」


「えっ?ちょっとそれ、おかしいのでは?」


会話の聞き役だったハッセルが、思わず声を上げた。


「戦地勤務手当も、平時の超過勤務手当も支給しない。漁で利益が出たら装備を買う、では、海軍省は賃金未払いではありませんか!」


かなり憤っているようだ。


「ま、逆公金横領でもありますな。公的機関による不当な私金流用罪なんて、見た事も聞いた事もありませんが。そのような訳で、未払い分を色々な形で補填しているのが現状です」


笑いながら、ワーホルムが言った。


「それとも、海軍標準食より遙かに美味しい食事を摂っているから告発しますか?」


「そんなつもりは毛頭無い。逆に尋ねたいのだが、船は一隻で足りているのか?私は以前、特殊な工作船、作業船は、実戦配備、整備、訓練編成の三隻体制で一部隊にすべき、と上申したのだが…」


「大佐殿の仰る通りです。我らがクラビニアン・プリンセスが故障修理中に、特殊な任務に従事せよと命令が出ても、対応出来かねます。状況が見えていない人間が、まだ多いのが何とも…」


「船の配備に合わせて人員の定員増も図らないとならんし…頭が痛くなるな」


「船はどこかで中古船を買い付けて改造すれば、まぁ何とかなりますけどね。だが人間は、そうはいかない。要員育成には、長い年月が必要になる」


「赤煉瓦には、ホントに泣かされるな」


「かくして、艦齢が何年かは分からない老婆のクラビニアン・プリンセス号ですが、厚化粧して街に立てば、客…っと失礼。ハッセル少尉に不快な思いをさせましたか」


「大丈夫です、続けて下さい」


ハッセルは話の続きを聞きたいようだ。


「ふむ、では失礼して、いや、失礼するなら話をするなってなりますか」


ワーホルムが話を続ける。


「そもそも、マルメディアからナイメリアへの小銃20万丁、弾薬1000万発の軍事援助と交換の形で、ナイメリア海軍が自国とは離れたクラビア海で、レヴィニア・ヴァレーゼ相手に特殊作戦を実施することで予算が配分さr「20万丁ですって?」た筈…あ、これは特定機密でしたか。いやあ、軍機漏洩で軍法会議確定とはね」


「武器供与は、近い将来に発表があるだろう。後の方は、かなり微妙な領域だな。気にするな」


グランが指摘した。


「ま、いいか。これは外務省ティヒル領事館情報…いや、陸軍特殊部隊の皆さんにも関わってくる話だ。マルメディアは我が国への武器供与を行う。で、その後に東部レヴィニアと南部ヴァレーゼ国境沿いに配備してある部隊を、マルメディア北部へ移動させる。早い話が、ナイメリア・マルメディア両国で、セヴェルスラビアへ同時侵攻だ。手薄になった国境線を見たレヴィニアとヴァレーゼは、それこそ断食修行明けのイタチの方が品格がありそうに感じる位、涎を垂らしまくる筈だ」


急遽、食堂になった船室にいた全員が黙って、ワーホルムの次の言葉を待っている。


「奴らが余計な考えを抱かないように、主にグラビア海及び沿岸部で様々な事件事故が起こるようになる。自宅の外構が燃え始めたら、隣で空き巣狙いなんかしてる余裕は無いだろうって目論みだろうね」


「事件事故って、あの、先月のマオセヴァスポリの…?」


馬鹿な!

先月、レヴィニア海軍の戦艦マオセヴァスポリが、ここグラビア海を航行中に浮遊機雷に触雷して轟沈していたが、まさか、この船が?


上顎の奥が異様に乾燥していくのを、シンディングは感じていた。


「ヴァレーゼのアンヴァーラ、カリャージャで、港湾労働者が同盟罷業ストライキを実施しているのも…」


「ああ、戦艦を沈めたのは俺達だ。港湾都市のそちらは、多分、マルメディアの情報部だろうな。何度か人を運んだよ」


「この碌でなし共は、海軍海兵隊偵察警邏隊なのだよ。それが稼業なんだ」


グランが、ワーホルムの代わりに説明した。


マリーンコ・レコネッサンス・パトロール海兵隊特殊攻撃部隊


ナイメリア全軍の中でも、精鋭中の精鋭ではないか!


最初に突入ファースト・イン最後に撤収ラスト・アウトが部隊のモットーだ。

腕の良い射手ガンマンというだけではなく、敵国へ潜入して破壊工作、拉致、暗殺、欺瞞情報展開。

相手側が嫌がることなら何でも出来る、兵士集団。


「ま、これが賃金未払いの、哀れな小官の分析できる限界ですか。大佐殿、何か助言を」


「不味いな、早急に船舶と人員の増加、要員訓練を行わなければ…艦政本部と教育本部には縁故コネがあるが、そもそも軍令部の戦略で方針を打ち出してくれないと、糞ッ、どうにもならん」


グランが呻いた。


「成るようにしか成らんでしょう、こればかりは」


ワーホルムは諦めているのか、微笑みを浮かべてさえいる。


「皆さん、夕食…いや夜食ですか、最後の珈琲は余計か、とも思ったんですがね。満足していただけたようで、何よりです。では、おやすみなさい」


そう言ってから、ワーホルムは船室を立ち去って行った。

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