第118話  ペルソナ・ノン・グラータ③

「お前達、それでいいのか?エリーザベト・ソフィア?アレクシア・ロヴィーサ?スカンニンジュ=フォルクングの姓を捨てる気か?」


オーラヴ元殿下が『別行動を取りたい』と言った二人の娘に対し、声を荒げた。


「祖国を離れて生活しているこの苦境時に、家族を見捨てるような行動を取るとは!この王族の恥晒しが!」


いやいや、王族の恥晒しは他ならぬ貴方ではありませんか。


喉まで出かかった言葉を、かろうじて抑えることにリンデラントは成功した。


横のネルドルは、いや、ネルドルだけではなくエリーザベト、アレクシア二人の内親王殿下も、そう発言した父オーラヴ殿下を撫然とした表情で見つめていた。


「それでは、お二人は別室へ案内させて頂きます。殿下御夫妻と内親王殿下には、荷造りの手伝いが必要でしょうから、大使館から人手を出します。では、リンデラント、退室いたします」


「どうぞ、こちらへ」


二人の内親王殿下を連れてネルドルが先に退室し、一礼してからリンデラントも殿下夫妻の滞在する部屋を出た。


「勝手にしろ!」


扉が閉じられる前に、オーラヴ殿下の罵声が聞こえた。


「御夫妻は大使館を退去される。荷造りに人手が必要だ、本館から手の空いている者を呼んで、作業に当たらせるように」


リンデラントは部屋の外で待機していた二等書記官へ、そう告げた。


「かしこまりました。手配いたします」


疑問を口にはせず、二等書記官は応えた。


「内親王殿下二名は、殿下夫妻とは別の部屋で起居することになった。そちらも手配を」


「…警備の都合もありますので、こちらの別館内で、と解釈してよろしいでしょうか?」


「そうなるな」


「三階の全ての部屋は清掃済みで、いつでも使用できます。お二人に部屋を選んで頂いた後で、必要な物を搬入させます」


「うむ、ではお二方をお連れして三階を案内してくれたまえ」


リンデラントは二等書記官へ、そう命じた。


「お願いいたします」


エリーザベトはそう言い、アレクシアは軽くお辞儀をした。


二等書記官に先導された一行は、三階への階段を昇って行く。


「…父は、王位継承権第一位の座から外されてから、私から見ると常軌を逸したようになってしまいました」


アレクシア内親王殿下が、悲しげにそう呟いた。


酒精アルコール度数の高いお酒を呷っては、『私が国王にならずにナイメリアが治ると思っているのか』とか『いくら実姉とはいえ、王位簒奪は許されることではない』と荒れる言動が増えていきました」


「国王の座は、私から見るとあまり魅力的な地位だとは思えないのですが…」


エリーザベト内親王殿下が零した。


「大使、大逆罪を適用されるような行為を取ってまで、そうまでして即位する価値のある地位なのでしょうか?」


「私は王族ではありませんし、貴族でもなく、単なる官吏試験に合格した一平民にすぎません。オーラヴ殿下におかれましては『価値がある』と、そうお考えになったのでしょう。ですから、その、色々と」


リンデラントは語尾を濁した。


「実の父とは言え、世が世であったならば国王に即位していたであろう人物があれでは、ナイメリア王国も、ナイメリア国民も、近隣の国々も救われないではありませんか?」


アレクシアが同意を求めてきたが、敢えて応えずに質問で返した。


「アレクシア内親王殿下におかれましては、国王として必要な資質は何だとお考えですか?」


「…王として、ナイメリアと言う国土を慈しむこと。そしてそこに住まう人民を愛すること。近隣の国、その国民や文化に対し、敬意を払うこと。この答えでは、いけませんか?」


オーラヴあの馬鹿とは大違いだ。


「私が試験官であったなら、今の回答で最優秀ハイエスト・オナーの評価を出すことでしょう」


「私は、それ程の者ではありません。ですが」


と言い、アレクシアは続けた。


「世界中の皆が分かち合い、つまらぬ自我を抑えることが出来るのであれば、争い事の無い、より良い世界になるのでありましょうに…」


このようなお方こそ、即位されて女王となりナイメリアへ君臨すべきであった。

しかし、どうすることも出来ない。


王姪ではあるがアレクシア内親王殿下は、大逆罪で訴追されているオーラヴ殿下の実子だ。

殿下が奪爵された為に、無位無冠の一民間人となってしまった。


このまま、雲に隠れ地に潜むような生活をさせ続ける事は、ナイメリアという国家に対する一大損失だ。

何とかしなければならない。


在マルメディア ナイメリア大使として何か出来ることがある筈だ。


三階の部屋の検分をする二人の『元』内親王妃殿下の姿を目で追いながら、リンデラントはそのように考えていた。














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