第117話  ペルソナ・ノン・グラータ②

大使館別館の扉を開けると外套収納部屋クロークルームがあり、机の向こう側にいた二等書記官が、来館の意図を察して「こちらです」と立ち上がり、オーラヴ元殿下一行の滞在する部屋へと大使のリンデラントと一等書記官ネルドル案内する。

階段を昇り、2階の部屋へ着く。

部屋の前には、警護の兵士2名が立哨に当たっていた。


「上等兵、いつからこの立哨の任に付いている?」


「はっ、本職は御夫妻が外出を強行された後から、この任務を遂行しております」


「誰の指示か?」


「警備班班長のクローグ中佐です」


警備班長の二等武官か、そこまでは夫妻の外出の報告が上がっていたか。


「入室するぞ」


「大使閣下、ご入室!」


部屋の扉を数回叩いて、上等兵が声を張り上げた。


「書記官ネルドル、入室します」


扉が開けられ、リンデラントとネルドルは入室する。


「リンデラントか、に何か用か?」


今でも王族のつもりなのか、大使館のリンデラントを呼び捨てにしたオーラヴだった。


「…本国政府からの指示で御夫妻を保護して参りましたが、先程、マルメディア政府より殿下御夫妻とハンス内親王殿下へ退去命令が下されました。一両日中に、マルメディアを出国しなければなりません」


「…どういうことですの?国外退去とは?」


不思議そうな表情のシセル妃殿下が言った。


「私達が、マルメディアへ何をしたというのですか?」


正規の手段では入国できないから、旅券査証パスポート・ヴィザ無しで不法に国境を越えてマルメディアへ入国した。

それが外部へ知れる事が無いように、大使館別館内で生活させていた。

それを…


「先般、御夫妻は本国政府の指示で私が申し渡した外出禁止令を無視して、館内の庭球場テニスコート庭球テニスに興じていたそうですが」


「ああ、ハンスが気晴らしに外へ出たい、と言うのでな」


気晴らし?

別館の中庭では気晴らしが出来ないと?


「外へ出たかったんだ!」


10歳になっても、いささか読み書きに不自由だと噂のハンス元親王殿下が言った。


「この部屋の中はつまらない。早くお家へ帰りたい、帰りたい!」


ハンス内親王殿下が、そう何度も喚いている。


「ハンスも、そう言っている。何か問題でもあったのか?」


「ですから、国外退去処分が下された、と申し上げました」


現状を理解してしていないのか?


「何故だね?躬が何かしたとでも?」


駄目だ。

同じ言後を話してはいるが、意思疎通が出来ない。


「御夫妻一行を受け入れてくれる国は、まず存在しないでしょう。そうならないように、存在が知られるような外出は避けて下さい、と本国政府からの指示を伝えました。しかし、御夫妻は無視された」


「…たかが一介の大使ごときに、躬の行動をどうこう言われる筋合いはないからな」


臣籍降下した一民間人に『たかが一介の大使』と言われる存在か、私は。


「一両日中に、マルメディアを出国しなければなりません。旅券は民間用を使用します。その際の旅費も支給いたします。どの国へ出国するのかは御夫妻の自由ですが、入国が可能かどうか、大使館としては保証しかねます」


「…退去命令は、3人と聞きましたが」


おずおずとアレクシア内親王妃殿下が言った。


「私とエリーザベトの扱いは?」


「お二人については、退去命令は下されておりません。外出禁止の指示を守っていたおかげで、滞在が知られていないからです」


「それでは私共は…」


「とうなさるかは、お二人の意思にお任せいたします。家族五人、揃って目立ちながら受け入れてくれる国を探すか、それともこのまま別館内にお留まり頂いて、情勢の変化を待つか。あるいは第三の道があるのか」


「大使、私共二名に助言を頂けないでしょうか?」


エリーザベト内親王殿下が、小さな声で尋ねてきた。


「エルザ、何を世迷言を。このような苦境だからこそ、家族揃って行動するのだ。父の言う事が、聞けないと申すか!」


「…一般論になりますが、王族の仕事の一つとして、次世代へとその血を繋げていくことがあります。家族揃って行動して、万が一という場合、スカンニンジュ=フォルクング家の一つが途絶えてしまうことになります」


大使のリンデラントは、淡々と説明する。


「万が一、ですか…」


エリーザベトは言葉の真意を理解して、愕然としていた。


「さようにございます。私が内親王殿下の立場であるならば、ここは遺憾ながら、殿下御夫妻と別れて行動されるべきかと愚考いたしますが」


「お家へ帰る!僕はお家へ帰りたい、帰りたいんだ!」


近くでハンス親王殿下が喚いていた。


「お決めになるのは、ご自身です。退去命令は一両日中ですので、早めに御決断をお願いいたします」


聡明な二人の内親王殿下なら、誤った判断は下さないだろう。

時間を稼いで、陛下のお慈悲にお縋りする他、生きて行く術は無い。


アレクシアがエリーザベトを見て、軽く頷く。


「私共は…そうですね、こちらの大使館へ留まります」


エリーザベトが、そう言う。


「私も大使の助言に従い、エリーザベト同様に大使館での生活を続けることにします」


アレクシアも、オーラヴ殿下夫妻と分かれてて生きて行く途を選択する。




































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